水葬の飛沫

 お別れというのは唐突に、そしてあまりにあっけなくやってくるもので。それをよく知っていたから、だから君が死んだ時、僕は泣くことはなかった。来るべきものが来たのだとおもい、ただ役目を果たすべく諸々の準備を粛々と行った。そして君の死体を背中に負った。降ってきそうなほどに星がきらめく夜空の下、ただひたすらに歩き続ける。

 星の夜はあまりにうつくしかったので、だんだんと重くなる君の亡骸をここにおいていこうかとおもった。星が好きな君のことだから、死んだあとに見られなくなっては悲しむかもしれない。泣いてしまうかもしれない。そんなことをおもうたび、君の体が虫や動物や大地に蝕まれほどけていくさまをえがいて歯を食いしばった。

 最後の星明かりが薄明に殺される頃、僕は君を海に返した。できることであれば君の体が滅びていくさまをずっとずっと眺めていたかったけれど、海から生まれた君だから、海に返してやらなければいけなかったのだ。

 とぷんと沈んだ君の飛沫を頰に受けて、僕はひとつ息をつく。最初から分かりきっていた結末で、なにひとつ想定外なんて起きていない。君は生きて、僕はそれを弔った。失われたのは君だけで、僕はなにひとつ欠損していないと思っていた。

 けれど。

 君が死んだと同時に死んでいったとある感情のことを、愛と呼んでもよかったのかもしれない、と今更に僕は考えた。

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