第4話 心残りの現在

 話し終えると小さく息をはいて、楓さんが微笑んだ。


「この話、さすがにまだ早かったかな?」


「ううん、そんなことない。もちろんわからないこともあるけど、僕にもわかると思う。自分のためを思っていろんなことしてもらって、励ましてもらって、勇気づけてもらって……それでがんばってたけれど、うまくいかなくて……せめてできることはしたけれど、やっぱりごめんって思う気持ち。でもほんとは全部うまくいってなくて、だからせめて、みんなから外れたところで1人ぼっちじゃなくて、一緒じゃないかもしれないけれど、少なくとも同じ世界の中に連れ帰ってあげたいっていう気持ち。たぶん、わかるよ」


 僕は感じたことをそのまま、出てくるように言った。うまくいかないことなんてたくさんあると思う。僕がどんなにボールを投げられても受け取れないみたいに、好きとか気持ちがあるだけで良くなるなんてこともそんなにないと思う。だけど、なにかのためにがんばって、それでもだめで思いを残すしか、願いを残すしかなかった人が救われてほしいと思った。


 僕の言葉を聞いて、「やっぱあんた頭良いわ」なんて楓さんがつぶやく。そんなことないと思う。そして、聞いてしまうのはひどいのかもしれないけれど、僕は気になっていることを聞いた。


「ねえ、ほんとに、なにもできなかったのかな?」

「さあね。よく考えるけど、そのときの私たちにはあれで精一杯だったかな」


 寂しそうにそう言ったあと、楓さんは僕に笑いかけた。


「自分だったらどうする?とか、どうだったらうまくできた?て考えるの大事だよ。特にあんたみたいなできのいい子なら。私たちよりずっといろんなやりようがあるだろうし」


「僕そんなにできるわけじゃないよ。今だっていい方法なんて思いつかないし」


「いいの、今思いつかなくても。いろんなこと考えて、覚えて、ちゃんとできる日が来ればいいんだから」


 そうなのかな、と思うし、そうなんだ、とも思う。楓さんはずっと微笑んだまま僕を見ていた。やっぱり、そういうものなんだ、と思うことにした。がんばって僕も笑ってみる。楓さんが「そ、いい子いい子」なんてつぶやくのが聞こえた。


「それでその人はどうなったの?」

「わかんない。報告はしたけど、返信みたいのはなかったみたいだし。おっきなニュースにもなってないみたい。でもね、私信じてるんだ。あの人はきっと探しに来た船に拾ってもらえて、故郷に戻れて、大事な人たちといた同じ世界に戻れて、ちゃんと弔ってもらえたんだって」

「うん、僕もそう思う」


 僕がそう相槌を打つと、楓さんが「ね」、とうなずきながら笑う。


「信じるのって、大事じゃない?」


 僕がうなずくのを楓さんは嬉しそうに見ていた。ふと、楓さんは斜め上の方を見る。壁掛け時計の方向。僕も時計を見ると、けっこうな時間になっていた。嫌な予感がする。今日はたぶん、お母さんだ。


「お、もうこんな時間。今日は送ってくわ、さすがに1人で歩かせられないし。お店ちゃんと閉めるから、ちょっと待ってて」


 そんなことを言って立ち上がり、楓さんがカウンターへ向かう。レジを触った後、お店の反対側の方へ歩いて行った。

 半分閉店しているのに、楓さんはなかなか戻ってこない。やっぱり。


「いやーごめんごめん。暗くて手間取っちゃった」


 わざとらしいくらい笑って楓さんがようやく戻ってきた。そんなの、子どもだってわかる。


「お母さんでしょ。ごめんなさい」

「なに言ってんの。私が気分良く話し続けたんだから、あんたが謝らないの。でもね、あんたの秘密は守ったから」

「なに?」

「秀才くんが親に隠れて、絶対に飲ませたくなかったそれを夢中になって飲み干しちゃったこと」


 ニヤニヤしながらそう言って、楓さんは僕の前にあるあの体に悪そうな飲み物のボトルを指差す。楓さんの話を聞きながらいつの間にか僕は飲み切っていた。たしかにそうだ。僕も思わずにやけてしまう。

 そして楓さんに促され、秘密を一緒に持った僕たちはお店を後にした。



「あとね、気にしなくていいから」


 一緒に歩いている途中、楓さんが唐突に話しかけてきた。なんのことかわからなくて、僕は問いかける。


「なにを?」

「別に私と話したかっただけだって素直に言っていいから。忙しかったら、手が離せないからごめんって私だってちゃんと言うし。甥っ子の話し相手くらい、叔母さんやってよって感じで来ればいいの」


 ね、と同意を求めるように僕の顔を覗き込む。僕が子どもだからかもしれないけれど、やっぱり楓さんは僕のことをよく見通している。


「うん、ありがとう」


 素直に僕は答える。楓さんの言葉を、僕はそのまま受け止めようと思った。


 信じるのって、大事だ。

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心残り 西丘サキ @sakyn

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