第3話 心残りの生まれたとき2

「……これでいけるかな。流してみる」

 ようやくフェリスが口を開く。それと同時に男性の声がはっきりと流れてきた。


――167年11月17日。たぶん15時28分。ジェレミー・アノック。カート・マクヴィリーと船外活動の訓練中にイクシード号が爆発した。飛んできた破片が当たりそうになってバランスを崩したカートを救助。救助時に俺の移動機構が破損。行動不能になり2人1組での活動は困難と判断。そのためカートにイクシード号付属の小型船への単独移動を指示し、漂流する。カートは悪くないが言わせてくれ。最悪だ。


 あの爆発について報告できることも、俺たちの状況についても報告できることはないが、いくつか言わせてくれ。遅かれ早かれ俺は死ぬんだ。心残りを少なくすることぐらいは許してほしい。


 まず仲間たち。ムカつくやつばかりだったが、どうか少しでも多くの人が生きてほしい。特にカート。お前は仕事のやり方も遊び方もわかってないとんでもないロクデナシだが、せっかくこの俺が助けてやったんだ。ちゃんと生きて、俺たちのこと、俺たちができたことをみんなに伝えてほしい。


 友人たち。いや仲間たちも友人だが、俺を見捨てないでくれたやつら。俺が惑星外探査員になるなんて夢を言い出した時、ガキのまんまだって笑いながらそれぞれができる範囲で俺を応援し、支えてくれた。リチャード、お前が抜け道みたいななり方を教えてくれなかったら、俺は今も地面にへばりついて落ちてる金を数えながら空の上にある夢のことばかり考えていただろうな。帰ったら記録に載せられないような話も全部、面白い話を聞かせまくってやるって約束したのに、叶えられそうもない。すまない。


 家族。どうしようもないクソ野郎ばっかでヘドが出るな。今になっても嫌な思い出ばかりだ。でも母さん、俺が育ててくれた母さんへの感謝をタトゥーに入れようとした時、マジで止めたよな。俺あの時はマジで意味わかんなくてキレまくってたんだけど、今はそれにも感謝してる。タトゥー入れてたら、探査員になれなかったみたいなんだよな。少なくとも俺が入れようとしてたやつだと。ありがとう。父さん、「自分の夢のためなら家族なんてどうだっていい、好きなようにやるのを理解できないお前はバカだ」なんて今でも理解できないよ。今何やって生きてんのか知らないし。でも、俺やっぱ父さんと同じなのかもしれないな。こうやって勝手に全部決めて、勝手に死んでくんだから。俺たちいい家族じゃなかったけど、全部終わって成功したら、今度こそ仲良くやろうと思ってたんだ。本当だよ。


 そして、アヤ。本当にすまない。ちょっとした出張みたいなもんだって言って安心させたのに、結局君の言う通りになりそうだ。せっかく血まで飲ませてもらったっていうのに、身体さえ帰ることもできなくてすまない。でも、これだけは誇ってほしい。俺は最後に人を助けたんだ。あいつを、カートを。ただ何もせずにいたんじゃなくて、自分のできることを最大限したんだ。君のもとに帰ることはできないけど、自分のしたことに後悔はないんだ。どうか、わかってほしい。君といろんな話をして、いろんなことやいろんな夢を一緒に望んだけど、そこに俺はもういれない。君を悲しませてしまうのが本当につらい。だけど、どうか、俺がいなくても幸せになってくれ。アヤ、愛してる――


 誰も何も言わなかった。ありえない偶然で、大きな時の隔たりを超えてようやく元いた世界まで戻ってきた、ジェレミーの報告。ジェレミーの遺書。伝えきれなかった心残り。自分を犠牲にしながら託した思い。思いを託してもなお、起こることのなかった希望のある結末。


 私は、何ができるだろう?


「あの、『血を飲ませてもらったのに』って……」


 リクが呟いたことをフェリスが続けた。


「ただの変態じゃなければ、たぶんジェレミーは吸血鬼、じゃない吸血種もしくは嗜血種。政治的に正しく言うと……」

「補助的に血を必要とする人々。PSNB」


 最後の言葉は当事者の私が引き取る。PSNBは不定期に他人の血を求め摂取する特徴と、身体能力が平均的に高い特徴を持つ人々だ。最初は倒錯的な嗜好や心因性の原因が考えられていた。今は詳しくは忘れたけど遺伝的、器質的な原因だと考えられている。最近発作を抑えて不足成分を補う薬だかサプリだか出て、目ざとく見つけてきたフェリスに飲まされるようになった。あの人は私と同じ人。推計人口で何百万何千万といるとは聞いていたけど、家族親戚以外で会ったのは初めてだ。


「私、あの人を助けたい」


 自然と声が出ていた。同族ってこともあるけど、純粋に私はそう思っていた。


「いや、それは……」

「無理」


 同時に2人から否定の言葉を投げられて、思わず私は感情が昂る。


「なんでよ!だってさ、あの人ずっとひとりで宇宙にいたんだよ!自分がいた世界から切り離されて!最後にあんなに心残りがあって、それでもいろんなところに思いを託して!私たちが出会わなかったら、あの人ずっとこのままかもしれない。だったら助けて、あの人がいた世界に帰らせてあげたいじゃん!」


「楓、何度も言うけど、あれは生体反応がない。死体なの。音声データがあって、なんとか復元できたけど、今生きている人の言葉じゃない」


「関係ない話しないでよ!」


「あるに決まってるでしょ!死体を回収する?誰がどうやってやるの?どこに保管するの?積荷と一緒になんか置けるわけないでしょ!それに、仮に宇宙服が無傷なら、気密性の高いあの中で死体は腐ってる。本体はもう骨だけだろうけど、それ以外のあの中に残ってるものをどうやってここで処理するの?宇宙服に傷がついてて周りと一緒の条件なら干からびて冷凍されてるようなもんだけど、それだってここで調整できる温度下で何が起こるかわからないじゃない。私たち、そんなリスク取れるような人間じゃないでしょ、ただの民間人なんだから!」


「やってみないとわからないじゃない!そんなこと……」

「じゃあ何。ここで急にみんな科学者になって回収した人体の不思議だか宇宙空間でも生き残ったしぶとい微生物でも研究する?それともあれと船をつないで牽引して運ぶ?結局大気圏には突入できないし、宇宙ステーションだってわけのわからない死体なんか引き取ってくれるわけないけど!」


 私は言葉に詰まる。フェリスがこんな嫌な言い方するのは久しぶりだった。それだけ本気で、この状況をどうするのか決めた自分の考えを主張し、私を説得しようとしている。リクを見た。不安そうな顔。多数決をしなくてもわかる。それでも私は、この成り行きを自分の言葉で決めないといけないと思った。でも、まだ決めきれない。


「じゃあどうすればいいの?」

「……もうお上に任せるしかないんじゃないですか?」

「そう思う。手順通り報告上げて、回収してもらうしか」


 そんなこと私だってわかってる。だけど、だけど。


「それ、確定なの?」

「どうかな。大事故だけど、ブラックボックスはもう見つかってるし、特に新しい情報が出てるわけでもない。音声データが回収されたらそのままかも」


 そのままにされたら何の意味もない。あの人を救えない。音声データ、音声データがはっきりしてなければ。


「じゃあそのデータ消して!最初のよく聞き取れないやつだけだったら、きっと詳しく解析しようとしてあの人も回収してくれるじゃん!」


 そう言いながら私はフェリスに近づき、コンピュータに触ろうとした。感づいたフェリスが立ち上がり、私と向かい合わせになって叫ぶ。


「あんた、自分の感情を押し通すために、私の最大限できたことを壊すの!?私が、あの人の、ジェレミーのために今なんとかできたことを!」


 フェリスに叫ばれて、私は足を止め立ち尽くす。フェリスだってわかっている。でもあの人を連れていくことができないから、次にできる最大限のことをしてくれた。あの人の思いを今わかるようにして、心残りをなくそうとした思いに応えた。どんなに私があの人を助けたいと思っていても、フェリスの意思を踏みにじることはできない。


「ごめん……」


 絞り出すように私は言った。認めたくないんじゃなくて、何も考えられていなかった後悔の重さ。


「で、どうするの?」


 フェリスが私に聞いた。問いつめるようじゃなくて、確認するようなトーンだった。答えは私だってわかってる。それを言いたくない。ヤダ。でも、どうにかしてあの人を助けたいけど、今の私には、今の私たちにはどうすることもできない。


「……星間警察と星間交易機構に報告して。状況と位置情報、補足でフェリスがクリアにしてくれた音声データを送って。私たちは、このまま帰ろう」


 言い終えると、2人が私をじっと見ていることに気づいた。私の真意を推し量るように。だから私はリクに指示を出した。


「リク、報告お願い。私もフェリスも文章書くのヘタじゃん?責任者がどうこうってなったら私の名前でいいからさ」

「わかりました。ちゃんと、あの人に興味持ってもらえるように書きます」

「ありがとね」


 報告に人目を引くも何もないと思うけど、リクなりに気づかってくれているんだと思う。それだけでうれしいし申し訳なくなる。そして私は2人に呼びかけた。


「さ、行こう」


 本当はもう操舵室を出て、自分の部屋にこもってしまいたかった。でも、ここまできて、自分の意志で決めたことから目を背けるのは違うと思った。私たちの船が改めて目的地へ動き出す。宇宙を1人で漂っているあの人がモニターからもレーダーからも消えていく。結局何もできなかった私は、あの人に、ジェレミーに心の中で言葉をかけた。


 ごめんなさい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る