第2話 心残りの生まれたとき1
今日こそ私ははっきり言ってやると決心していた。はっきりと言って、待ち望んでいるものをゲットしてやる。今回はうまいこと売りさばくこともできたし、ついでに輸送だってやった。帰りだっていいもの仕入れられたし、いくつかはもう成約済みだ。いける。今日こそいける。操舵室に入ると、フェリスがリクと談笑していた。いける。私と同級生でだいたい同じ経験をしているくせに、たいていいつも落ち着いていて冷たい感じのあのフェリスが、今に限って笑顔を見せている。ちょうど差し入れのコーヒーを持ってきてくれていたリク、ほんとにありがとう。
私はこの好機を逃さないように、単刀直入に用件を言った。
「ねーフェリス~。次こそ船買い替えようよお。古すぎてぜんぜん急げないじゃん」
「ダメ。今のペースだったら買い替えるのはまだまだ先だよ。もっと売り上げ伸ばさないと」
一瞬でフェリスから笑みが消え、あっさりと却下される。でも今日の私はまだ食い下がる。
「今こそあえて投資してみるってのもありじゃない?」
「ありじゃない。だって何の見込みもないじゃん。得意先だって商品発掘だって進んでるわけじゃないし、このままだと何でも屋になるしかないよ」
実際そうだった。宇宙にまで出ていくような惑星間の交易はあるにはあったけど、盛んなわけではなかった。だからこそチャンスかもしれないと飛び込んでみたものの、やはりそううまくいかない。大手が大まかなところを押さえてしまっていて、中小レベルはおこぼれや危ない橋を渡るか、何でも屋のようになって手広く仕事をするしかなかった。私たちもまたしかり。
「うう、現実は厳しい」
現実の高い壁に打ちひしがれる私。そこにリクが口を開く。
「でも古いのは事実じゃないですか。設備くらい、修理できなそうなところを買い替えたりできませんか?」
いいぞリク、もっと言うんだ。リクは私とフェリスの後輩で、人手がもう1人くらいほしいなと思った私がわりとムリヤリ引き込んだんだけど、そのわりに楽しそうに働いていたりする。だから自分がムリヤリ参加させたのを忘れそうになる。案外、こいつはしたたかなのかもしれない。
「もちろん、古いのは私もわかってるよ。でも、いつか全体を買い替えるなら、ギリギリまでだましだまし使って中身も買い換えないままの方が安くなると思うんだよね」
私のときと打って変わって穏やかな口調でフェリスが言う。差別だ。
「でもまあ、一回戻ったらメンテナンス入れようと思ってるし、その結果で決めようか」
「ホントですか!ありがとうございます!」
譲歩するフェリスに、大げさなくらい喜ぶリク。私じゃダメで、なんでリクならいいんだ。この世の不条理だ。差別だ。私がこの世界の不条理に思いをはせていると、目視を補助するためのモニターを見たフェリスが何かに気づく。
「何、あれ……?」
つられてモニターを見ると、ただっぴろい宇宙空間の真ん中あたりに、ふわふわと漂う何かがある。小惑星や人工衛星のような硬質なものじゃない、何か。
「あれ、宇宙服じゃないですか?すごく古いタイプの」
リクがそんなことを言い出す。私が目を凝らそうとする前に、フェリスがズームして物体をはっきりと大写しにした。リクの言う通り、一昔前の宇宙服だった。
「ちょっとまって、本当に宇宙服じゃん!あの人助けに行かないと。船外作業着とかどこにあったっけ!」
「落ち着いて。とりあえず位置座標を同定して、まず対象の生体反応確認。あれば呼びかけて問題なければ回収。なければ星間警察と星間交易機構に位置情報と一緒に報告。この流れだから」
つらつらと一連の対応を口にするフェリス。慌てていた私は面食らいながらも少し落ち着く。そして感心。
「よくそんなこと覚えてたね。報告先とか」
「こういう時のためにマニュアルってあるものでしょ。わけわかんなくなってても処理できるように。生体反応確認するよ」
さくさくと操作をして処理を進めていく。私とリクはただ見守るだけだった。何も言うことはなく、ただただじれったい。
少しの間が終わって、ようやく結果がモニターに表示される。
「生体反応なし。そうすると位置情報と一緒に報告ですね。位置情報出し……」
「ちょっとまって」
フェリスがリクを遮る。フェリスは何かに気づいているみたいだけど、私には何もわからなかった。リクもそうらしい。フェリスは黙々と作業をしていて何も言わないので、答えを知りたくて私は問いかける。
「ねえ、どういうこと?」
「生体反応はなかったけど、別の反応があれから返ってきてる。たぶん音声データ。どういう仕組みで反応させてるかわからないけど、今再生できないかやってみる」
「そんなことできるんですか?」
「どっちのこと?あっちの方なら、船外作業着の通信機器に何かしらのアクセスがあったら反応する自動再生機能でも入れてたんじゃない?救難信号以外に普通そんなことしないけどね。こっちの方なら、やってみないとわからない。まあ、信じるしかないよね」
自分用のラップトップを取り出しながら淡々と話し続けるフェリス。昔から数学やら機械関係が得意で、私と真逆すぎてたまにさっぱり言ってることがわからない。でも仲良くしてて、一緒にやってきてよかったと思う。自分がどうしていいのかわからないことをフェリスがあっさりとやってしまうのはありがたいし、同じような人間ばかりだったらあの人をどうにかすることなんてできなかったと思う。
「……ひとまず流してみるよ。ノイズひどいかもしれないけど、我慢して」
しばらくして、作業をいったん終えたらしいフェリスが口を開く。私とリクは意識をスピーカーに集中させた。流れてきた音声は、男性の声なのはわかるがほとんど聞き取れなかった。
――……67……11が…………ジェ……ノ……カー……マ…………ば…………――
よくよく聞こうとしても、やっぱりよくわからなかった。諦めて位置情報を報告して帰るしかないのか。そう思っていた時、リクが思い出したように言い出した。
「もしかして、167年のイクシード号の事故に関係してる人なんじゃ……」
「167年って何年前の話よ。そんな前の人が無傷でずーっと漂ってたわけ?」
「でも、行方不明者の出た67年の入ってる事故って言うと、思いつくのはそれぐらいじゃないですか?」
「最近の人かもしれないじゃん。ちょっと古い装備着てるだけで」
「あんな古いもの着て作業する人なんて今時いないですよ」
「リクの方が正しいみたいね。ありえないような話だけど」
私とリクの言い合いにフェリスが口を挟む。いつの間にか調べていた情報をモニターの横側に映し出した。
『167年11月17日、近隣星系探査を目的としていたイクシード号の航行中に発生した事故。原因は内燃機関の爆発と推定されているが不明。そのため様々な憶測、陰謀論の類まで呼んでいる。乗組員30名のうち、死亡者27名、行方不明者3名。その後近隣星系探査が再開された折、イクシード号の残骸が発見された。かろうじて残っていたブラックボックスの一部が解析され、今に至る』
「責任者一覧の中にジェレミー・アノックっていう名前があった。よく聞き取れなかったけど、音声データに出てくる名前と近い」
フェリスがさらに、細かな報告文の一部を映し出した。
『外部探査の責任者を務めていたジェレミー・アノックは、一般乗組員だったカート・マクヴィリーと船外作業中に事故と遭遇。アノックはマクヴィリーを救助し、イクシード号付属の小型船舶へと移動を指示したとされるが、その後行方不明。マクヴィリーは小型船舶での脱出前にイクシード号の内部爆発に巻き込まれ死亡』
「嘘でしょ、そんなこと……」
「でも、コーデックの古さから言ったらありえる話だよ。古すぎて無理やり再生してるようなもんだから、現状だとさっきのが精一杯」
フェリスの説明を聞きながら、私はこの船の設備を思い出していた。お金もなくてローンも大して組めなかったから、買った当時でもかなりの中古だった。もしかしたら。
「ね、船に元々備え付けのコンピュータの中に入ってるやつなら対応できない?あの人のものに比べたら全然新しいけど、まだ可能性あるんじゃない?」
そうして私は、フェリスの前に広がる船の操作系を指差した。私の意見を聞いたフェリスは気の進まない表情をはっきりと見せた。
「ねえ、そもそも音声データの復元なんて今やる必要ある?早く報告上げた方がよっぽど……」
「あの人が最後に何を伝えたくて残したのか、知りたいんだ。だってこのままだと、何もわからないままじゃん。確かにたまたま出くわしただけだけど、私たちだってあの人の思いを理解して寄り添えないと、あの人浮かばれないよ」
私はなんとか自分の気持ちを言葉にしていた。率直に言ったつもりだけど、ちゃんと言えているか自信がない。
だから、ダメ押し。
「お願い、フェリス」
「……今やることじゃないと思うけど、できる限りのことはするよ。楓の言う通り、何もわからないままじゃ気持ち悪いしね」
そう答えてフェリスはコンピュータに向き直り、作業を始めた。私が「ありがとう」と声をかけたけど、フェリスは「ん」と軽く答えただけだった。集中している。私とリクはまた、じっと待つ。
「……これでいけるかな。流してみる」
ようやくフェリスが口を開く。それと同時に男性の声がはっきりと流れてきた。
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