不可解な出来事

「ねえ、平助?」沖田は入り口のふすまに寄りかかりように立っていたが、鋭い眼差しを桜から藤堂に向けた。

「いや、これは...」

「僕が、事件の後処理をして帰ってみれば...一体どういうことか、説明してよ。」

突然の事に、藤堂が口ごもっていると、横から斎藤が助け舟を出した。

「神月には、隊士の処置を手伝ってもらっていたのだ。ようやく先ほど処置も終わり、丁度部屋に帰ろうとしていた所だ。」

「...苦しい言い訳だね。それって、屯所に残ってる隊士でも間に合ったでしょ?」

「今日は局長や副長が島原で役人と話をしている。そちらに護衛の人手がとられている上に、先日の襲撃のせいで、まだ動けない者も多い...わかっているだろう?」

「でも...だからって!わざわざそんな身の上も分からない女を使うなんて!毒でも盛られたらどうするのさ。」

「おい!それは、言い過ぎだろ!桜のおかげで、処置が間に合ったんだぞ。」いらいらしてきつめの言い方をする沖田に藤堂が言い過ぎだと、睨み返した。沖田はチッと軽く舌打ちをすると、ずんずん近寄ってきた。そして驚く桜の腕を引っ掴むと、無言のまま自分の部屋に向かって歩き出した。突然の沖田の行動に、藤堂と斎藤は一瞬呆気に取られていたが、我に帰ると「総司!」「おい、やめろ!」と叫びつつ、後を追おうとした。すると、沖田は一瞬立ち止まり、振り返らず「もうすぐ土方さんも帰ってくる。監視怠ったなんて知れたら、僕まで叱られるから、さっさと部屋に放り込んでくる。」と告げ早足で部屋を後にした。


「あ、あの沖田さん...怪我とか...」廊下を引っ張られながら、沖田の背中に向かって問いかけたが、無視。話しかけるなと言わんばかりの、ぴりぴりとした雰囲気が漂っていた。そして、部屋に着くと乱暴にふすまを開けて、言葉通り室内に放り込まれたのだった。その拍子にバランスを崩し両手をついたため、思わず「いてっ」と声が漏れた。体を起こそうとすると「君さあ」と冷たい声がふってきた。顔を上げると、明らかに不機嫌な顔で沖田がこちらを睨んでいた。

「いくら二人に言われたからって、身の程をわきまえたほうがいいよ?前にも忠告したよね?君なんて、理由がなくても斬ることができるんだ...次はないよ。」そう告げると、ふすまをぴしゃっと閉めたのだった。

 沖田が部屋を出てから、一気に全身の力が抜けた。"殺されるかと思った..."今までずっと言われてきた言葉だったが、いつも以上の殺気だった。そして、隊服を染める真っ赤な血を見て、より身近に死という恐怖を感じたのだった。"沖田さん、怪我してないよね..."真っ赤に染まった沖田の背中を思い浮かべ、ぎゅっと両手を握りしめた。しばらく、その場でへたり込んでいたのだが、徹夜だったからかいつの間にか睡魔に負け、眠ってしまったのだった。


一方、沖田は不機嫌丸出しで広間に戻っていた。広間に入ると、何やら奥の方で藤堂と斎藤が熱心に話し込んでいるのが目に入った。それを見て、また桜のことで2人から、がやがや言われるのかと思うと、思わずため息が漏れた。近寄って「状態はどう?」と声をかけると、2人同時に振り返って興奮気味に口を開いた。

「なあ!総司!例のやつにやられたのって、ここの3人だよな?!」

「そうだよ。そこの3人だ。」

「今しがた、俺と平助も気づいたんだが...傷が残っていないんだ。しかも、それだけじゃない。熱も下がって、呼吸も安定してきている...!」斎藤は目の前の隊士をじっと注意深く見ていた。部屋に運び込まれて来た当初は、顔が青白く呼吸が弱かったが、今では3人とも血色が戻り、呼吸も力強さを取り戻していた。斎藤の言葉を聞いて、沖田は大きく目を見開いた。そして、慌てて傷を確かめた。

「...そ、そんなはずは?!間違いなくこの3人だ。田村は脇腹をやられてたし、他の2人も腕と肩をやられていたのをこの目で確認したんだ。これは...一体...?」思わず顔を見合わせた。しかし、誰一人として言葉を発する事ができなかった。桜が触れたら跡形もなく傷が消えた。なんて、誰が思っただろう...

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