蠢く傷と、不思議な力

藤堂が監視についた次の日から、幹部のメンバーが、交代で監視についた。藤堂の次は、井上だった。桜が部屋から出る事が出来ないため、壬生寺で近所の子供たちが走り回って住職に怒られていた話(その中に、何故か沖田も含まれていたらしい。)や、巡回に行った際に桜が満開で綺麗だった話など、屯所の外の話を色々と聞かせてくれた。物腰が柔らかく、穏やかな井上の雰囲気に、桜も緊張がほぐれるようで、その日はぐっすり眠る事ができたのだった。その次の日は永倉が監視についた。そこから原田、斎藤、山南、沖田と続いた。それぞれとても個性豊かで、斎藤とは「しりとり」をしたのだが、桜が返すたびに、それは何だ、あれは何だ、と斎藤から質問が飛んできたため、結局、ほとんど続かずに終わったのだった。無口だと思っていた斎藤が毎回、目を見開いて勢いよく聞いてくるため、その様子が面白くて、桜は笑いを堪えるのに必死だった。一方で、沖田が監視の日は、春なのに部屋の中が真冬のように凍りついていた。一言でも話しかけたら、殺されるのではないかと、ただただ早く一日が過ぎるよう部屋の端で空気と化していた。沖田とは同室のため、どうしても毎日寝る前に顔を合わせていたが、時間が経っても冷たく厳しい態度は変わる事がなかった。


そんなこんなで、部屋に軟禁されてから数日が過ぎたある夜。バタバタと慌ただしい音が廊下から聞こえてきて、目が覚めた。足音だけでなく、何かを叫んでいるような人の声も聞こえる。今日は沖田も夜勤だったため、部屋には桜しか残っていない。"外に出なければ、大丈夫だよね?"廊下の様子が気になり、そろそろとふすまを開けて、外を覗いてみた。桜の部屋の前には誰もいなかったが「早くしろ!」「こっちに運べ!」と、大きな声が響き渡っていた。と...

「騒がしいよな。こんな夜中に。」突然話しかけられたので、思わずびっくりして「ひっ」と声を上げてしまった。見上げてみると、そこに立っていたのは藤堂だった。

「そんな、驚かなくても...。今日総司は夜勤だったよな?」問いかけに黙って頷くと「じゃあ、総司と一君の隊だな。」と呟いた。その時、暗闇の中、ばたばたと人が走ってきた。目を凝らして見ると、斎藤の姿だった。

「一君!何があったの?」

「襲撃を受けて、隊士が数人やられた。」たんたんと告げると慌ただしく目の前を過ぎていったが、藤堂の横を通り過ぎる際に「影も出たようだ。」と耳打ちしていた。桜には何の意味かわからなかったが、藤堂は「くそっ」と悔しそうに唇を噛むと「桜は、部屋にいるんだぞ。」と言い残して、足早に斎藤の後を追った。残された桜は、慌ただしい状況に呆然としながらも、じつと一点を見つめていた。暗くて気がつかなかったが、廊下には点々と血液が残っていた。先ほどの斎藤の言葉から察するに、負傷した隊士が数名運び込まれたのだろう。"沖田さんは無事だろうか"あれだけ殺す斬ると言われていた相手ではあるが、こうなると不思議なものでやはり心配してしまう。と、その時。

「大丈夫か?」「もうすぐだから、頑張れよ!」と再び声が聞こえて、互いに肩を貸し合いながら歩く数名の隊士が目の前を通った。一人は、足から血がどくどく流れており、もう一人は外傷はなさそうに見えたが、両脇を抱えられ半分引きずられるようにして、運び込まれていた。暗闇の中、隊士の青白い顔が浮かび上がっていた。

「桜!」隊士が通り過ぎてしばらくして、廊下の奥の方から声がした。声の方を覗いてみると、藤堂が慌てた様子で走ってきていた。

「桜!すまねえが、少し手を貸してくれねえか?」

「え...?」

「実は今日、島原で役人の連中と話をしてるらしくて、局長も副長も、いつもは傷を診てくれる山崎もいねえ。こんな人がいないときに限って、負傷した隊士が多いんだよ。今は少しでも人手が欲しいんだ。頼む!他のやつには、俺と一君から説明しとくからよ。」そう言いながら、桜の返事も待たずして腕を掴むと、引っ張って走り出したのだった。「へ、平助君?!」と、とまどいの声を上げつつも大広間に着いた途端、息を飲んだ。5、6人の隊士が足や腕、肩などから出血し、呻き声を上げており、その奥に横たわる3人に至っては顔が真っ青で呼吸も弱々しいように見えた。目の前に広がる光景に言葉を失いつつも、藤堂の声が聞こえ我に返った。

「桜はとりあえず、止血を頼む!俺、薬探してくるよ!」と、桜に包帯を渡し、再び慌ただしく廊下を走っていった。受け取った包帯を手にして、どうしたら...と困惑していたが「神月!こっちへ来てくれ!」と、斎藤の声が聞こえたため、気合いを入れ、声のした方へ駆け寄った。

 駆け寄ってみると、そこには腕から出血している隊士が横たわっていた。お酒で代用できるのかな?と疑問に思いつつも、傷口に菌が入らないよう、斎藤に頼んでお酒を取ってきてもらい、傷口を消毒しながら、出来るだけ素早く丁寧に止血を進めた。途中で、藤堂が傷に効くという薬草の箱を持ってきたため、使い方を教えてもらいながら黙々と処置を進めた。


 しばらくして出血の酷い隊士の手当が終わり、ふと奥を見ると何やら真剣な顔で藤堂と斎藤が話し込んでいた。部屋の奥に横たわる青白い顔の隊士を前に、何やら話しているようだった。不思議に思いつつも、とりあえず残る隊士の処置をしようと藤堂と斎藤に近づいた。

「あとはここの方達だけですが...見たところ大きな出血とかは見当たらないですけど...何故こんなに具合が悪そうなんでしょう...?」その言葉に藤堂と斎藤は顔を見合わせて、わからない、と首を横に振った。何となくだが、そんな2人の様子に違和感を覚えつつ、目の前の隊士に視線を落とした。かすり傷程度のものはあるが、先ほどまでのように出血が酷い箇所は見当たらない。それでも、顔は真っ青で唇も色を失い、全身が汗でぐっしょりと濡れていた。少しでも良くなるよう、祈りながら、傷を処置しようと薬草を手にとり傷口に当てた。その時、触った隊士の体が異常に熱いことに気がついた。"身体が熱い...斬り合いになって、熱中症になったのかな?でもこの時期に?"少し疑問に思いつつ、別の隊士を処置していた藤堂に声をかけた。

「平助君、何か冷やすものあるかな?この人、身体がとても熱くなってて...冷やしたら少しでも楽になるかなと思うんだけど。」

「そっか...そうだよな。多分、これから熱がもっとあがるだろうから、準備してくるよ。」藤堂はそう返事すると、部屋を後にした。桜はその返事を聞き、先ほどの違和感の正体に気がついた。最初見た時、藤堂と斎藤が真剣に話し込んでいた。きっと、二人は何かしら、この症状の原因を知っているのだろう。だが、桜に話す事はできない内容だから、わからないと嘘をついた。桜からしてみれば、未来から来たという怪しさ満点の状態で、先ほどまで部屋で軟禁され監視もついていた身だ。話せないことがあって当然だと思う。ただ、隊士が苦しんでいる原因がわかるのなら、処置の仕方くらい教えてくれてもいいのに、とは思うが...。

 そんな事を思いながら、手当てを続けていた時、隊士の脇腹に奇妙な傷がある事に気がついた。切り傷のようにも見えるが、出血もなく傷口が真っ黒。そして、あり得ない事ではあるのだが、何となく傷口が蠢いているように見えたのだ。ぞっとしながらも、恐る恐る手を近づけてみた。そっと触れるとドロリとしており、触れた指先がちりっと熱を帯びたように感じたが、そのまま撫でると、傷が消えてしまった。信じられない出来事に驚きつつ、隊士の顔を見ると、先ほどと変わって呼吸も安定してきており、顔にも血色が戻っていた。その様子に、もしかしたら...と淡い期待を抱きつつ、残る2人を診てみると同様の黒い傷があった。同じように指でなぞってみると傷は跡形もなく消え、隊士の呼吸も安定したようだった。


 ようやく大広間に運び込まれた隊士全員の処置を終え、桜は思わずほっと一息ついた。無我夢中だったため、気づかなかったが、いつの間にか大広間に朝日が差し込んでいた。

「桜、お疲れさん!」ぼーっと広間を見渡していると、後ろから声をかけられた。振り返ると包帯や薬を抱え、片付けをする藤堂の姿が見えた。

「疲れただろ?負傷者が多い今日に限って、人がいなかったから、本当に助かったよ。ありがとな!」

「そんな。私はただ、平助君と斎藤さんが教えてくれたように処置しただけだから...」

「いや、桜が居てくれて助かった。無傷の隊士も居たが、斬り合いの後だった故、皆疲れていたからな。我々だけでは、処置が間に合わない可能性もあった。」

「ほんと、ほんと!一君の言う通りだぜ。」いつしか藤堂だけでなく、斎藤や他の隊士も興味深そうに桜の周りに集まってきていた。今まで軟禁状態だったため、幹部のメンバー以外は、初めて見る桜に興味津々のようだ。「ありがとう」だの「新しい女中さんかな?」と次から次へと声をかけられた。どうしよう!とあたふたしていたが、はたとあの黒い傷の事を思い出して、藤堂と斎藤に伝えようと口を開きかけた。が、その時。

「ねえ。どうして、その子が部屋の外に出てるのさ?」一瞬で部屋の空気が凍りついた。びくっとして、恐る恐る声がした方を見ると隊服を真っ赤に染め、殺気を含んだ冷たい目で桜を見据える沖田が立っていた。

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