監視と拒絶

"やー!" "めえぇぇん!"

「ん...?」部屋の中に、大きな声が響き渡った。どうやら、いつの間にか写真を抱えたまま、寝てしまっていたようだ。すっかり日が昇っていた。ぼんやりとした頭で辺りを見渡すと、沖田の姿はなく、布団も綺麗に片付けられていた。そして体を動かそうとして気がついたのだが、桜の上に薄手の布団が掛けられていた。

「ずいぶん遅いお目覚めだね?」突然声が聞こえたので、はっと顔を上げると、部屋の入り口に寄りかかるようにして沖田が立っていた。

「もうとっくに皆んな朝ごはんを済ませたよ。君の分は、後から平助が部屋まで持ってくるから。ここから出ないように。」冷たい目を向け、たんたんとそれだけ告げると、そのままどこかへ立ち去ろうとしたので、慌てて声をかけた。

「お、沖田さん!布団ありがとうございました!」後ろ姿に向かって叫んだが、何の反応もなく、沖田はそのまま行ってしまった。最初の出会いからして最悪ではあるが、特に桜に対する沖田の態度は冷たく、明らかに拒絶されていた。今まで、これほどわかりやすく人から拒絶されたことがなかったため、心がずきずきと痛んだが、気を取り直して、荷物の整理をすることにした。整理するほどの荷物はないが、未だに頭の中が混乱していたため、少しでも何かしていないと負の感情に飲み込まれそうだった。とりあえず鞄の中身を出して確認していると、ふすまの外から声が聞こえた。「どうぞ。」と返事をすると、朝ご飯を手にした藤堂が部屋に入ってきた。

「朝飯持ってきたよ。」

「わあ、ありがとうございます!美味しそう!」実はというと、昨日颯さんと話をしたカフェで軽く軽食をとって以来、何も口にしていなかったので、お腹も限界だったのだ。

「いただきます。」と一口食べると、思わず頬が緩んだ。"美味しい〜"白飯にお味噌汁、漬物といった簡単な食事だったが、桜にとって今も昔も変わらぬ味であり、何だかほっと心が安らぐようだった。そんな様子でぱくぱくと食べ進めていると、前から視線を感じた。顔を上げてみると、藤堂が珍しそうに目を丸くしてこちらを見ていた。じーっと見つめられていたので、どんどん顔が赤くなるのがわかった。とてもお腹が空いていたため、藤堂が目の前にいる事も忘れて、思わずがつがつと食べてしまった...。

「あ、あの...?」見られてしまった恥ずかしさと、沖田の冷たい態度を思い出して、恐る恐る声をかけてみると、

「あぁ、いや。昨日見たときは、顔がこわばってたから...そんな顔もするんだなあと思ってさ。ここのご飯美味しいだろ?」そう言いながら、藤堂はにかっと笑った。それを見て桜もほっとして、

「はい!とっても美味しいです。ありがとうございます。昨日のお昼から何も食べてなかったので...。」と、笑顔で返した。

「そりゃあ、よかった!あ、俺も、昨日はありがとな!あんなうまい甘味、生まれて初めて食べたよ。」

「あれは外国の甘味で...あ!ちょっと待ってくださいね。」そう言いながら、鞄をごそごそしてポーチを取り出した。このポーチの中にチョコや飴など、小腹が空いた時に食べるお菓子を入れて持ち歩いていたのだ。

「はい。これあげます。この甘味もとっても甘くて美味しいんですよ。」そう言うと、桜はチョコを1つ取り出して自分の口に入れた。そして「藤堂さんもどうぞ。」と包みを差し出した。藤堂も桜の見様見真似で包みをあけてチョコを口に含んだ。すると、みるみる目を見開き「うめえ!」と、叫んだ。その様子を見て桜は思わず、ふふふっと笑ってしまった。

「気に入ってもらえたなら、よかったです。よかったら、藤堂さんに全部あげます。私いつも食べすぎちゃうので。」そう言いながら、ポーチごと差し出すと「これ全部?いいのかよ??」信じられない!といった顔で桜を見てきたため、笑顔で頷いた。

「ありがとう!あ、年も近そうだしさ、俺のこと、平助でいいし、敬語じゃなくていいぜ。俺も桜って呼んでいいかな?」

「...え?いいんですか??」びっくりして返すと「何か堅苦しいしさ!」と笑った。

「じゃあ、平助君って呼ばせてもらおうかな。私の事も、桜って呼んでね。これから、よろしくね!」とにっこり返したのだった。

 朝ご飯を食べた後も、藤堂と新選組やこの時代の話をしながら過ごした。そして、桜も自分の住んでいる未来の京都はどんな街であるか、自分はどんな事をしているか、勉強の話やバイトの話などを説明した。桜にとってはたわいもない内容だったが藤堂は目を輝かせ、どの内容にも耳を傾けていた。そして、あれはどうだ、これはなんだと、次から次へと質問が飛んできたため、そんな様子が面白くて思わず何度も笑ってしまった。そんな風に色々な話をしていたため、気がつかなかったが、昼の時間はとっくに過ぎており、いつの間にか部屋の外が暗くなりかけていたのだった。藤堂は、立ち上がると

「もうこんなに時間が経ったんだな。そろそろお腹も空いただろうし、夕飯持ってくるな。」と言って、部屋を出て行った。1人残された桜は、静かになった部屋で"今日はずっと話をして、ご飯もらってるだけだな"と思いつつ鞄の中を探っていた。中には、ご朱印帳、スマホ、筆記具、化粧ポーチなどが入っていた。ふと本でも読もうかと、新選組の小説を手に取って開いてみたが、なんと全ページ真っ白になっていた。新選組の歴史が元になった小説だったため、タイムスリップと共に中身が真っ白に消えてしまったのだろうか...あまりにびっくりして、本を手にしたまま身体が固まってしまった。と、突然ふすまが開いた。藤堂かと思い顔を上げて、思わず目を見開いた。そこに立っていたのは、沖田だった。どうやら藤堂の代わりに夕飯を運んでくれたようだ。驚いた様子の桜を見て「平助は、新八さんに呼ばれて行ったよ。なに?僕が持ってきて文句でもあるの?」と冷めた目で言い放った。慌てて首を横に振ったが、尚も冷めた目のまま桜を見つめ、無言のままご飯を置くとずかずかと机の前で腰を下ろした。恐る恐る後ろに座った沖田を振り返ると、刀を鞘から抜いてじっと刃先を眺めていた。その目があまりにも真剣だったのと、出会った当初沖田に首を切られた事を思い出し、首の傷がうずいた。そんな桜の視線に気づき、沖田は目を合わせるとにやりと笑った。

「あぁ。刃こぼれとかがないか確認してるんだよ。大丈夫、安心してよ。君のことは、まだ斬らないから。」そうわざとらしく言うと、再び刃先に集中し出した。沖田からは現代では感じたことのない雰囲気が桜に向けられていた。しばらくして、これが殺気なのかと気づき、背筋がぞわぞわとした。

 途中で沖田から「冷めないうちに食べなよ。もったいないから。」と言われ、おずおず箸に手をつけ食べ始めたが、とてもじゃないが味わって食べられるような状態ではなかった。それでも、何とか全て飲み込んで完食し、振り返ると、すでに刀は納め、沖田が布団に入って横になっていた。

「え...もう寝られるんですか?」と聞くと、

「夜中の当番にあたってるんだよ。君と違って僕は忙しいからね。」と桜の方を向くことなく返答し、そのまま眠りについた。それを聞いて、桜自身も全くする事がなかったため、部屋の端っこの方で身体を丸めて休むことにしたのだった。無意識のうちにずっと気を張っていたのだろう。目を閉じると、すぐに眠りについたのだった。



「今のところ、特に動きはありません。」

「こちらも、まだ掴めていません。」

皆が寝静まった頃、副長室に土方、沖田、山崎が集まっていた。沖田と山崎が報告する中、土方は腕を組み、眉間にしわを寄せて座っていた。

「用心深いことだな。だが、こちらとて尻尾を出すまで悠長に待ってる余裕はねえ。早いとこ手を打たねえとな。」

「その言い方...すでに妙案でも?」

「...まあな。でも、まだだ。もうしばらくは泳がせて様子を見る。引き続き、何かあればすぐに知らせてくれ。話は以上だ。」今日の味方は、明日の敵。この先、何が起きるのか...それを知るのは、土方歳三ただ一人であった。

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