波乱の相部屋
一気に緊張から解放されたからか、部屋に案内してもらった途端、桜は思わずその場にへたり込んでしまった。両手を畳について、はあっと大きく息を吐いた。その様子を見ていた斎藤が「大丈夫か?」と声をかけてきた。
「...大丈夫です。何か、一気に力が抜けてしまって...。あ、荷物運んでくださってありがとうございます。」桜が顔を上げ、少し微笑みながら返事をすると、「気にするな。」と荷物を部屋の端に置く斎藤の姿が目に映った。それからこちらに向き直ると、真剣な顔で話しかけた。
「副長の決定ゆえ、異論はない。だが、しばらくは単独行動や、屯所から外に出たりはできぬ。とりあえず、明日から許可が出るまで、この部屋から出すなとの副長命令だ。...それが、何を意味するかは、わかるな?ここは、そういう組織だ。」それを聞き、桜は俯いた。
「ありがとうございます。私もよくわかっているつもりです。皆さんにとって、私は疑わしい存在でしかないですよね。出会って、たった数時間で、信じろっていう方が無理な話です。それでも、私の話に真剣に耳を傾けてくださって...感謝してます。」斎藤はその言葉に一瞬目を丸くしたが、桜を見てふっと表情を緩めた。
「全ては時が解決してくれる。真っ直ぐな目で話をするお前を見て、嘘をついているとは思えなかった。ただ、突拍子もない出来事ゆえ、お互い理解するための時間が必要であろう。」今度は桜が目を丸くして驚く番だった。まさか、斎藤からそんな言葉をかけられるとは思っていなかったのだ。突然の言葉に驚き、小声で「ありがとうございます。」と返事をするのが精一杯だった。「何かあれば、声をかけてくれ。」と言いながら、斎藤は部屋を出て行った。それからしばらくの間、茫然としていた。完全に思考停止。今何が起こっているのか、自分は何をしているのか、何を話したのか...頭がぼうっとしていた。ただ目の前には、真っ暗闇な部屋が広がり、辺りからは車の音も、通りを歩く賑やかな人の声も聞こえず、ただただ静寂に包まれていた。
そうして何分経っただろうか、突然ふすまが開いて、僅かな月明かりが部屋を照らした。
「...何でそんなとこに座ってるのさ?邪魔だよ。」
「お、沖田さん...?」その声に、はっとして後ろを振り返ると、沖田が眉間にしわを寄せ、こちらを睨むようにして立っていた。そして、わざとらしく息を吐くと、ずんずんと部屋の中に入ってきた。
「斎藤さんから聞いてなかったの?君は、僕と相部屋だよ。得体も知れないのに、1人部屋にするわけないでしょ。それに、君みたいな不審者に部屋を与えられるほど、新選組に余裕なんて無いんだからね。置かれた状況、わかってるのかな?」敵意剥き出しの状態で一気に言い切ると、さっさと寝床を準備し出した。「だいたい土方さんも、僕に責任を取って面倒を見ろなんて、あんまりだよ。本当に鬼だよ、鬼鬼鬼...」ぶつぶつと文句は止まることがなかった。状況が飲み込めぬままポカンと様子を見ていたが、沖田が布団に入りかけたのを見て、はっと我に返った。
「え?わ、私、沖田さんと一緒の部屋なんですか?!」
「夜なんだから大きな声出さないでくれる?僕と相部屋だよ。話聞いてなかったの?まあ、そういう事だから、妙な事は考えない方が身の為だよ。君なんて、理由がなくたっていつでも殺れるからね。」その声色と、最後の一言に背筋がぞわぞわとしたが、沖田は何事もなかったかのように、そのまま布団に入って横になったのだった。自分のような得体の知れない者が同じ部屋にいながら無用心だと思ったが、あの沖田総司である。彼の言う通り、本当にどんな小さな事でも見逃さないだろう。"沖田さんと同じ部屋だって...斎藤さんも教えてくれたらよかったのに"はぁと軽くため息を吐きながら、沖田を起こさないようにそろそろと荷物の方に向かった。ケーキは藤堂が全て食べてしまったので、ご朱印帳などが入ったカバンだけ残っていた。開けてみると、リップやカードケースなど、入れていた物が元々入っていた位置と少し違っていた。恐らく監察の山崎が中を調べたのだろう。少しごそごそとするとお目当の物が見つかった。"あ、あった"手に取ったのは、淡い水色のキーケースだ。三つ折りでワンポイントが付いているごくありふれた革製の物だが鍵の他に、中には大切な写真が入っている。その写真を手に取り眺めていると、いつの間にか涙が頬を伝っていた。一生懸命気を張っていたけれど、正直、気持ちは精一杯。もう限界だった。"誰も見てないし、今くらいはいいよね"桜は、写真を抱えて静かに涙を流した。何故自分がこんな目に...夢なら覚めてほしい。元の時代に戻りたい...怖い...ぐるぐる負の感情が押し寄せてきて、涙がどんどん溢れ出てきた。嗚咽はほとんど漏れていなかったのだが、桜の後ろで布団に入り寝たフリをしている沖田の耳にはしっかりと聞こえていたのだった...。
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