タイムスリップ?

"しあやぶったかまつまんごじょう

せったちゃらちゃらうおのたな..."女の子がこちらを見て、微笑みながら歌っている。

"お姉ちゃん、一緒に遊ぼうよ"どこかで覚えのある光景だなあ...

"桜さん、一緒に壬生寺行きませんか?"颯さんが笑顔を浮かべて、私に手を差し伸べている。また、会えた...嬉しくなって、その手を取ろうとした、その瞬間。

「...ん。」目の前から颯さんの姿が消え、見知らぬ天井が映った。しばらくの間、ぼけっとして天井を眺めていたが、

「目が覚めたか?」と、横から男性の声が聞こえて、ぼんやりとしていた頭が少しずつクリアになってきた。まず、ここは自分の家ではないという事、壬生寺で女の子を見てから誰かの声がして、そのまま目の前が真っ暗になった事...そこまで思い出して、はっと身体を起こし、声の聞こえた方に顔を向けようと首を捻った途端「いった!」首筋に痛みが走り、思わず手で押さえた。何やら首に包帯のような物が巻いてある。

「大丈夫か?」先ほどの声の主と思われる男性が、横から桜の顔を覗き込んだ。びっくりして「は、はい!大丈夫です...。」と少し上擦った声で答えたが、内心全く大丈夫ではなかった。ただ、大丈夫じゃないですとも言えず、訳がわからないまま混乱するばかりだった。恐る恐る男性を見やると、壬生寺で出会った女の子と同じく着物を着て、こちらの様子を伺うようにして座っていた。そして、私と目が合うと軽く頷き、ふすまの方にむかって何やら小声で呟いていた。

「あ...あの...ここは?」自分でも声が震えているのが分かったが勇気を出して話しかけてみると、男性はこちらに目線を戻し、

「ここは、新選組の屯所だ。」と一言、真顔で答えた。その答えに、目を見開きながら

「し...新選組?え?新選組??」とさらに混乱しながら問いかけたが、男性はおかしな奴だと言わんばかりの顔で目を細めて桜を見やるだけだった。そして、それきり口を閉ざしてしまった。仕方がないので、周りを見渡してみると、机が置いてある程度の小さな畳の部屋で、ふすまは締め切られていたが、外から光が差し込んできていたため、部屋の中も明るかった。聞きたい事は山ほどあったけれど、男性のぴりぴりとした雰囲気と、ただ事でない周囲の様子に、ただただ"夢なら覚めて"と祈るばかりだった。


その後も、しばらくの間沈黙が続いたが、突如ふすまが開いて、一気に部屋の中が明るくなった。

「斎藤さん、準備が整いました。」とふすまを開けた人物が頭を下げ、男性に呼び掛けた。

「わかった。では、ついて来てもらおう。立てるか?」そう言いながら先ほどの男性、斎藤は未だに放心状態の桜を見て、手を差し伸べた。桜はそれを聞いて、はっと我にかえり「立てます!大丈夫です!」と首に響かないよう気を付けながら立ち上がった。そして、斎藤の後に続いて、部屋を出たのだった。部屋を出て、まず真っ先に視界に入ったのは綺麗に手入れされた庭で、その真ん中には満開の桜が1本立っていた。庭を横目に縁側を少し歩き、とある部屋の前で立ち止まった。

「例の者を連れて来ました。」斎藤がそう言うと、ふすまの中から「入れ。」と声がした。「失礼します。」と、ふすまを開き入れと、私に目で合図を送った。両手をぎゅっと握りしめ、意を決して中に入ると、そこには着物を着た男性が数人座っていた。びっくりして動けないまま突っ立っていると、前に座る1人の男性が微笑みながら

「まあまあ、そんな所に突っ立っていないでもう少し前へ来て、座りなさい。」と桜に向かって手招きした。部屋中の視線をばしばしと感じて緊張しながらも、そのままゆっくり歩いて部屋の真ん中辺りで腰を下ろした。6人ほどに囲まれているようだったが、恐怖と緊張のあまり、がちがちに固まったまま前に座る3人を見つめた。先ほど声をかけてくれた男性は、中央に座っており人の良さそうな柔らかい笑みを浮かべていた。それとは対照的に、右隣の男性は鋭い目つきで睨み付けるようにこちらを見ており、もう一方の男性は口元では笑みを浮かべつつ、目元は一切笑っていなかった。"ほんと...なんなの?夢?現実?"正直、内心めちゃくちゃ泣きそうだった...。


「おい、こいつが総司の言ってた例の女か?」突然目つきの鋭い方が、私の後ろに控える斎藤という男性に問いかけた。「はい、その通りです。」と斎藤が答えるのとほぼ同時に、「ほら、変な格好でしょう?」と、横から声が聞こえた。何となく聞いた事がある気がして、思わず声の聞こえた方に顔を向けたが、声の主を見て驚いた。"颯さんそっくり!"顔も声もとても似ていて、違う所といえば、着物を着ている事くらいだった。びっくりして目を見開いたまま、じっと見つめていたため、声の主も視線に気づいてあからさまに嫌そうな顔をして「なに?」と言った。「すみません。」と慌てて謝ると、また元の位置に視線を戻し、手をぎゅっと握ったのだった。その様子を見ていた目つきの鋭い男性が「おい。」と、桜に話しかけた。周りからの視線と鋭い声に、びくびくしながらも顔を上げて、「な、何でしょうか?」とかろうじて返事をした。

「単刀直入に聞く。お前は、何者だ?」答え次第でどうなるかわからないといった緊張感が漂っており、心臓がばくばくと破裂しそうだったが、深呼吸して慎重に、言葉を選びながら答えた。

「私の名前は、神月桜です。あの、私...壬生寺にいたのに、どうやってここに来たのか全く記憶がないんです。...ここはどこですか?何かの撮影...ですよね?」その言葉に、周囲からひそひそと声が聞こえ、目の前の男性はより鋭い目つきとなった。「ここは、新選組の屯所だよ。」周囲がざわざわする中、颯さんそっくりの先程の男性が口を開いた。

「真夜中におかしな服を着た女が1人で壬生寺にいたから、怪しいと思って、僕がここに連れて来たんだ。」彼の目は、真っ直ぐに桜を見ており、怪しい動きをすれば、いつでも腰の刀で...と言わんばかりの雰囲気が漂っていた。そんな時...

「だからといって、丸腰の女子に刀を向けたらいかんぞ、総司!」と、前の男性から大きな声がとんできた。それを聞いて、少し肩を竦ませながら「だって、怪しかったんですもん。」とごにょごにょ呟き、バツが悪そうに桜から目を逸らしたのだった。

「総司の奴が、すまなかったね。傷は残らないだろうと医者は言っていたし大丈夫だろうが、念のため手当てさせてもらったよ。」男性はそう言いながら頭を下げたため、桜は「大丈夫です。」と、慌てて手を振ってこたえた。

「私の名は、近藤勇。ここは京の治安を維持する新選組という組織だ。総司が言っていた通り、怪しいと感じたら我々もそのまましておく事はできない。疑っているわけではないんだが、君は珍しい着物を着ているし、夜中に壬生寺にいたのは何故か、我々も気になっていてね。少し話を聞かせてもらえるかな?」そう言い終わると、周りが誰かわからない状態で話すのも緊張するだろうからとの事で、近藤さんが部屋にいる1人1人の名前を教えてくれた。最初に鋭い目で睨んできたのが土方歳三、近藤さんを挟んで隣に座っていたのが山南敬介、颯さんそっくりだったのが沖田総司、最初に案内してくれたのが斎藤一...と、全員の名前を聴き終わった頃には、驚きのあまり、ツーっと背中に汗が流れた。"何かがおかしい...ドラマの撮影にしては出来すぎてるし、夢にしては現実的すぎる。もしかして、もしかして...タ、タイムスリップ?!"おろおろとしていると、目の前で土方が大きなため息をついた。

「はあー、ったく!近藤さんはお人好しすぎるぜ。おい、女!改めて聞くが、そのおかしな着物は何だ?何故、あんな真夜中に壬生寺にいた?」土方からの問いと、自分の頭に浮かんだタイムスリップという答えに泣きそうになりながら、何か答えねばと必死に口を開いた。

「こ、これは着物じゃなくて、ワンピースっていう洋服です!あと、私が壬生寺に行ったのは夕方で、真夜中じゃないです。バイトの帰りにちょっと立ち寄っただけで...」

「おい。わけのわからねえ言葉使って、いい加減な事ばっかり言ってんじゃねえぞ!本当の事を言え。でなきゃ、こっちも容赦はしねえ。」今まで桜が感じた事のないような体を突き刺す雰囲気を放ちながら言い放った。思わず「ひっ」と首を縮こませて、両手をぎゅっと握りしめた。"怖い〜怖すぎる〜、何で私がこんな目に...。でも、確かめなきゃ...確かめて、ちゃんと話をしなきゃ...ここで怯んでしまえば、私の話は何も伝わらない。しかも、変な女って思われたまま、終わりたくない!"しばらく目を瞑って考えていたが、よし!と覚悟を決めるとキッと土方を睨め付けるようにして、見つめ返した。

「私は、一切嘘はついていません!自分でも今の状況に驚いていて、どう伝えたら信じてもらえるのか、わからないです。わかる範囲で、きちんとお話ししますので、話を聞いて下さい。お願いします。」周りに自分の気持ちが少しでも伝わるように、心を込め、両手をついて、頭を下げたのだった。その姿を見て誰も文句を言うものはおらず、桜の言葉に真剣に耳を傾け始めた。

 自分は学問を学ぶ生徒(大学生)であり新選組の敵ではないという事、甘味処(カフェ)で仕事(アルバイト)をしており、その帰り道に壬生寺に立ち寄ったという事、その時に手毬をついた女の子に会って、びっくりしていたら沖田に声をかけられた事...現代の言葉をなるべく使わないよう考え、言葉を選びながら話しをした。

「ちなみに、ここで目が覚めて皆さんの姿を見て、お名前を聞いてから、ずっと考えてきた事があるんですけど...今は何年ですか?」

「今は、元治元年だ...それがどうした?」その答えを聞いて、自分の考えが現実になった事を悟った。

「それを聞いて、納得しました。私は平成の時代、つまり先の世から来た事になります。だから、皆さんにうまく話が伝わらなかったんです。この格好も、怪しくて当然です。」

「ちょ、ちょっと待てくれ。先の世って?」

「元治元年でしたら、もう芹沢さん達は亡くなられてますよね?土方さん、山南さん、沖田さん?」犯人しか知り得ない真実。覚えている範囲で、あえて3人を名指しで問いかけると、事情を知る者は鋭い視線を桜に向けた。そう、芹沢一派の暗殺は、表向きは長州派によって行われたとなっているが、実は近藤派の一部の者が手を下したと伝わっているのだ。その真実は、例え新選組内部であっても、手を下した者たちしか知り得ないこと。土方はそれを聞いて、ふっと笑うと

「なるほどな...面白え。お前が、先の世から来たって話、信じてやろう。山崎!こいつの荷物を持ってきてくれ。」それを聞いて、「副長?!」と何人かが声を上げた。疑り深い土方があっさり受け入れた事に疑問を感じたのだろう。

「お前が言う通り、先の世から来たとすると、これから起こる事を全て知ってるって事だよな?」その言葉の意図をはかりながら、「全てではないですけど...」とゆっくりうなずいた。その間にも、山崎がささっと桜の荷物を土方の前に並べた。

「これから起こる事を知ってるとなると、こっちとしても屯所から出て、敵にその情報を流されたら厄介だ。悪いが、新選組で保護させてもらう。近藤さん、それでいいか?」

「あぁ、もちろん構わん。それに、先の世から来たとなると、帰る場所もないのだろう?帰り方は、わかるのかい?」

「いえ...まだ、なんとも...」と、桜が首を横に振ると、近藤は「じゃあ、決まりだな!」とにかっと笑った。言われてみれば、そうだ。どうやって未来に帰るのか。そもそも、何故タイムスリップしてしまったのか...うーんと考えこんでいると「これ何だ?!」と叫び声がした。はっとして視線を向けると、何人かが荷物に群がり、中身をあさっていた。声の主は、藤堂平助。藤堂は、どうやらケーキの入った箱に興味津々のようだ。

「それは、ケーキという甘味です。」そっと近づくと、箱を覗き込んだ。壬生寺で、落としてしまったのだろう。中のケーキは形が崩れていたが、クリームを手につけて食べてみると、甘くて思わず笑みが溢れた。そして、藤堂にも「よかったらどうぞ」とケーキを差し出した。周囲も固唾を飲んで見守る中、藤堂は恐る恐るケーキに手を伸ばし、少し口に入れた。すると、みるみる目を見開き「うんめぇ!」と嬉しそうに叫んだ。

「こんなうめえ甘味、生まれて初めてだ!俺お前が先の世から来た事、信じるぜ!」藤堂はケーキにかぶりつきながら叫んだ。その様子を見て、土方は頭を押さえながら大きなため息をついていた。

「でも、確かに平助が言うように、生まれて初めて見るようなもんばっかあるぜ。こいつぁ、本当に先の世から来たんじゃねえか?」鞄の中をあさって、スマホや化粧品などを手に取りながら、永倉が呟いた。そして、土方の方を見やった。

「色々と意見はあると思うが、とりあえずこいつの話は、これで終わりだ。斎藤、部屋まで案内してやってくれ。」斎藤は「わかりました。」と頷くと素早く立ち上がり、桜の荷物を持った。

「信じてくださって、ありがとうございます!これから、よろしくお願いします!」桜はようやく緊張感から解放された事、信じてもらえた事が嬉しくて、微笑みながら頭を下げた。そして、立ち上がると一礼して斎藤の後を追ったのだった。


桜が去った後、

「珍しいじゃねえか。土方さんともあろう人が、こうもあっさり話を信じるなんてよ。」原田の言葉に幹部達は、本当にといった顔で土方を見やった。土方は、にやっと笑うと

「こんな見たこともねえもんばっか持ってんだ。信じねえ訳には、いかねえだろ。何にせよ、この話は終わりだ。解散だ、解散。」その言葉を聞いて、みな腰を上げ順番に部屋を後にした。最後に、やれやれといった顔で沖田も立ち上がり、土方に声をかけた。

「土方さんのその顔は、何か企んでいる時の顔ですよ。やだやだ。信じてるなんて、嘘ばっかり言っちゃって。」手をひらひらと振り、あ〜怖い怖い、とわざとらしく呟いた。

「総司、お前も気づいただろ。あの女、俺らの名前をわざと挙げやがった。ありゃあ、俺たちが殺った事を知ってるとしか思えねえ。」その言葉にふざけた態度から一変、沖田は目を細め土方を見やった。

「あれは、驚きましたね。馬鹿なのか、利口なのか。どちらにしても、疑わしい事に変わりはありませんよ。どうして、保護するなんて言い出したんです?斬ればいいのに...」

「あんな女、いつでも殺れるさ。ただ、奴が間者だとしたら、他にも仲間がいるはずだ。最近、書庫が荒らされたり、巡察の時に奇襲かけられたりしてんだろ?情報が漏れてんだよ。奴を泳がせて、他の間者も目星をつける。それから、殺っても遅くはねえよ。」

「だかなトシ。俺はどうにも、あの子の目が嘘をついてるようには見えないんだがな。」

「近藤さんは、人が良すぎるぜ。まあ、仮に本当に先の世から来たなら、これから起こる事を知ってるってわけだ。そうなりゃ、新選組にとって利用しない手はねえ。どっちにしろ、俺らにとっちゃ損はしねえ話だ。だから、監視できるように、ここに置く話にしたわけよ。」と、土方はにやりと笑った。「恐ろしい人ですねえ、土方さんは。」と、沖田は歩き出した。が、部屋を出る前に

「まあ、もし新選組の害になるようでしたら、その時は、私が殺ります。」と呟いて部屋を後にした。それを聞いて"てめえの方が、よっぽど怖えじゃえねか"と苦笑いしたのだった。

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