二つの出会い

「今日は、どこを回ろうかな?」お気に入りの淡いピンク色のロングコートを羽織って、スマホを片手にバス停に向かって歩き出した。桜は満開、辺りは暖かな空気に包まれており、先日まで雪がちらついていたなんて嘘みたいだ。京都に来てから、2回目の春を迎え、今日は大学もバイトも休みということで、大好きな1冊の本を持って朝から京都散策に出かけていた。大学1年生の時に、たまたま入った本屋さんで、たまたま目についた小説。これがとても面白くて、時間を忘れてしまうくらい、のめり込むように一気に読んだ。そんな感覚は久しぶりで、とても衝撃的だった。本のタイトルは、「誠」。新選組の土方歳三を中心とした話だった。タイトルに惹かれて買ったため、中身が歴史小説だと思わなかったのだが、読み出してみると止まらなくなってしまい、終わった時に涙したのを今でも覚えている。その小説を読んでからというもの、新選組に関する小説を山のように読んだ。沖田総司、斎藤一、永倉新八...それぞれが主人公の小説はもちろん、ネットなどを使って新選組の歴史を調べた。歴史が大の苦手だったのに、新選組の歴史にはどんどんとはまっていってしまったのだ。そして、ラッキーなことに大学が京都だったので、時間があれば本を片手に、壬生寺や前川邸、八木邸、金戒光明寺、島原、西本願寺など、新選組ゆかりの地を巡って気分転換をするようになった。何度も足を運んではいるが、今日は桜も綺麗に咲いているので、いつも以上にうきうきしながら、出かけたのだった。

「まずは、金戒光明寺に行って...最後はやっぱり、壬生寺かなあ。」バス停に着くとたまたま、金戒光明寺方面に向かう系統のバスが来たので、乗り込みながらスマホをいじった。"金戒光明寺近くで、甘酒でも飲もうかな?"京都は寺社仏閣はもちろんだが、おしゃれなカフェとかも多くて、それも楽しみの一つになっている。そんなうきうきした気持ちで、甘酒を検索しながらバスに揺られ、今日も新選組巡りが始まったのだった。



金戒光明寺周辺を満喫し、お昼の1時を過ぎた頃にようやく鴨川近くのカフェに入り、遅めの昼食をとった。やはり、桜の季節だけあって観光客が多く、人の多さにへとへとになってしまった。席に座って一息着いたところで、スマホの写真を見返した。平安神宮の辺りも桜が見事で、思わず何度も立ち止まって写真を撮ったので、今日だけで写真フォルダが桜だらけになっていた。"やっぱり綺麗だなあ〜"春にしか咲かないけれど咲いている間も、散る時も美しくて...桜の季節が1番好きなのだ。自分の名前が、「桜」というのも、もちろんあるけれど。ちなみに、名前は桜だけど、生まれは夏である。

ぼーっとしながら、写真を見返していると、

「すみません。相席よろしいですか?」と店員さんから声をかけられた。いつの間にやら店内が混んできたようだった。「大丈夫ですよ。」と軽く頷くと、「ありがとうございます!」と慌てて入り口の方に向かって行った。前に座るであろう人のために、本やご朱印帳を鞄になおしていると、先程の店員さんが戻ってきて「すみません。」と言いながら男性を1人連れてきた。男性はこちらを見ると、微笑みながら軽く会釈して席についた。私も微笑み返して、再び桜の写真を見返し始めたのだが、何となく男性の方が気になり、こっそり盗み見してしまった。髪の毛は落ち着いた茶色でパーマを当てているのか癖っ毛なのか、ふわっと柔らかい感じで、肌の色は少し焼けていて健康的、目はアーモンドのような...と、その時、男性が顔を上げた。思いがけず目があってしまい、びっくりして目を逸らすことも出来ずに、顔がかあっと赤くなるのが自分でもわかった。そんな様子を見て、男性はふっと微笑むと、こちらを指差した。

「え?」口の周りに何かついているのかと、慌てて口元に手を当てると、男性はふふっと笑い、首を横に振って「その本、お好きなんですか?」と、鞄から少し顔を出している新選組の本を指差していた。

「え?あ!は、はい!」びっくりして、思ったより大きな声で返事をしてしまった。恥ずかしい...そんな様子を知ってか知らずか、男性は相変わらず微笑みながら、

「土方歳三が主人公の本ですよね。僕も読みましたけど、最後は切なくて泣きそうになりました。」と、話しかけてきた。

「わかります!私も、最後は思わず泣いてしまいました。」同じ本を読んでいたという事に、嬉しくなって私も笑顔で返した。それから、本の内容や新選組の話で盛り上がり、時間も忘れて熱く語り合ってしまった。頼んだホットコーヒーもすっかり冷めてしまった頃

「桜さんは、新選組の隊士の中で誰が好きですか?僕はやっぱり新選組の局長!近藤さんです!」と、颯さんが少し食い気味に聞いてきた。彼の名前は、宮田 颯(みやた そう)。年齢は21歳、大学3年生で京都の大学に通っているらしい。私は颯さんの質問に、うーんと首を傾げた。

「そうですね〜もちろん近藤勇さんも好きですけど...私は、沖田総司さんですかね?」

「沖田ですか?」

「はい!色んな本を読みましたけど、沖田さんがメインの本は1番、多く読んでますね。天才剣士と言われ新選組の第一線で活躍するも、病に倒れてしまって、最後は孤独に亡くなる...どの本を読んでも、涙が止まらなくなっちゃいます。だから、壬生寺とかを歩いていると、沖田さんはどんな想いで過ごしていたんだろうって、思わず考えちゃうんですよね。」そこまで話してから、熱くなって喋り過ぎた!と、はっとして颯さんの方を見た。案の定、目を丸くして私を見ていた。「ごめんなさい!つい熱くなってしまって。」と慌てて謝った。返事もなく沈黙が続いたが、ややしばらくして恐る恐る顔を上げ、様子を伺ってみると、颯さんは優しい眼差しを桜に向けて微笑んでいた。

「そんなにお好きなんですね。歴史上の人物ですけど、そうやって誰かの気持ちを想って涙を流したりできるのって、素敵な事だと思いますよ。」その言葉と優しい微笑みに、再び頬を赤く染めながら、それを隠すようにして

「は、颯さんは、近藤さんのどんなところに惹かれたんですか?」と、慌てて問いかけた。

「そうですねぇ...誰にでも優しく、時に厳しく、どんな時でも全てを包み込んでくれるような温かさを持つ人であり、誠の志を貫く人だから...ですかね?」1つ1つ言葉を選ぶようにして答える颯さんに、どこか少し寂しそうな印象を受け、じっと見つめていると、私の視線に気づいたのか、少し慌てた様子で、あくまで、色んな本を読んで感じた僕の個人的な意見ですけどね!と付け加えるように答えた。

「あ!そういえば、桜さんはこの後、またどこか回るんですか?」

「はい!この後は、壬生寺に行こうかなって思ってます。颯さんは、バイトですか?」

「僕も今日はバイト休みなんですよ!よかったら、壬生寺ご一緒してもいいですか?」颯さんからの思いがけないお誘いにどきどきして頬に両手を当てつつ「はい!ぜひ!!」と返事をしようとした、その時、手の中のスマホが振動して着信音が鳴った。画面を見てみると、"店長"の表示が...。げっ、と思いながらすみません、と颯さんに断って電話に出ると、どうも午後のシフトの子が熱で急遽、休む事になったため、出来たら入って欲しいという内容だった。

「はい、はい...わかりました。今外出しているので、30分ほどでお店に着くかと思います。はい。わかりました。失礼します。」はぁと大きなため息をついて、がっくり肩を落としながら、スマホを鞄になおしていると、それを見ていた颯さんが「バイト先?」と声をかけてきた。

「はい...シフトに入ってた後輩が熱で急遽、休みになったみたいで、今から来て欲しいって店長が...ごめんなさい、せっかく誘って頂いたのに...。」

「あぁ!そんな、気にしないで!バイト、大変だね。」あからさまに落ち込んだ様子で呟く私を見て、颯さんは眉を八の字にした。"颯さんと壬生寺行きたかったな"と、残念な気持ちでいっぱいだったが、それを振り払うかのようにコートを羽織って、鞄から財布を取り出しながら立ち上がった。

「ばたばたとごめんなさい。お話できて楽しかったです。お先に失礼しますね。」そう言いながら颯さんの方を見やり、微笑みながらぺこりと会釈すると、颯さんも「バイト頑張ってね。」と、手を振りながら笑顔でこたえてくれた。私も軽く手を振ると、気持ちを切り替えるように、足早で席を離れたのだった。途中で振り返る事もせずに、急いで立ち去ったので、残された颯さんがその後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた事も、小さな声で自分の名前を呟いていた事も知らなかった...。



颯さんと別れ、結局バイトが終わったのは18時を過ぎた頃だった。バイト先は、大学近くのカフェで、コーヒーが美味しく、こじんまりとした店だった。いつもは常連客がちらほらくつろいでいる程度なのだが、今は観光シーズンというだけあって、観光客で店は賑わっていた。店長には何度も謝られ、帰り際に「今日は急やったのに助かったわ〜。また次もよろしくな。これ彼氏と食べ。」と、ショートケーキとチョコレートケーキを持たせてくれたのだった。"彼氏いないのになあ〜"と思いつつも、甘い物が大好きだったので箱の中のケーキを覗いて、思わず笑みがこぼれた。ケーキを片手に、日も暮れて暗くなりかけた帰り道を歩きながら、ふと昼間の事を思い出していた。"颯さんの連絡先、聞いとけばよかったなあ"バイト中も、何度後悔したことか...今日何度目かもわからないため息をつきながら、気がつくと壬生寺近くまで歩いていた。"もう5時も過ぎてるし、閉まってるだろうけど..."と思いながらも無意識に足は進み、気づくと門の前に立っていた。すると、予想外に門が開いていたため、ラッキーと思いながら、そのまま中に入ったのだった。

「春だし、夜間の特別拝観とかかな?」ゆっくりと歩みを進めながら、辺りの様子を伺った。いつもは開いている土産物屋さんなどは閉まっており、昼間にはない静寂に包まれていた。その雰囲気に、少し怖くなり"長居せずに帰ろう"と、手を合わせ、しばらく目を瞑っていると、どこからか声が聞こえてきた。

『まるたけえびすにおしおいけ

 あねさんろっかくたこにしき...』背筋がぞわぞわとして、ぱっと振り返ると、そこに1人の女の子が立っていた。赤い着物を着て、4、5歳くらいだろうか?くりくりとした可愛らしい目で、じっとこちらを見ており、私と目があった瞬間、歌をやめた。私は状況が理解できず動く事も、声を発する事も出来なかった。

『お姉さん、不思議な格好してはる...』少しの沈黙の後、女の子が呟いた。「え?」と戸惑いながら、自分の格好を見るもどこが不思議なのかも分からず、むしろ着物の女の子の方が妙な気がした。"幽霊??"自分の考えに思わず泣きそうになりながら、もう一度女の子に向き直るも、そこには誰もいなかった。

「やめてよ、マジで。無理だって〜。」この場に自分1人しかいないと分かっていながらも、恐怖のあまり声に出して呟いた。「帰ろう。ほんと、もう帰ろう。」ぶつぶつと訳もわからない事を念仏のように呟きながら歩き出した、その時。

「...何者だ。」どこか聞いた事のあるような鋭い声とともに、首筋にヒヤリと何かが当たったような感じがした。全身から一気に血の気が引き、何が何だか分からぬ恐怖から逃れるために、思わずしゃがみ込もうとした途端、首筋に鋭い痛みが走り、ほぼ同時にどんっと衝撃が走った。目の前が真っ暗になる中、最後に頭に浮かんだのは、何故か颯さんの微笑みだった...。

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