第十話 本は対面する

しばらく水希の爆速は止まらなかった。


俺は掴まれた手を離すことができず引きずられるような形で廊下を移動する。




「水希さん?!どんだけ走るんですか!?」


「んっ、にひぃ……あとちょっとぉぉ!!」


どうしてそうなったのか。更にスピードを増して我々は廊下をかけていった。


てかこいつ力強すぎだろ!?




「よいしょ〜!!」


先程いた校舎とは違い、妙に薄暗い生活感のない校舎で水希は足を止めた。




壁はボロボロ、上から薄いレースが掛かっているがそれも端々がギザギザで手入れが回っていないようだ。


「ここどこだよ」


聞くと扉の方を指差した。




【お悩み相談部】


「……最高だね。」


水希の顔がときめいて見える。唇を舐めるとまたこの子は奇行に走る。


回し蹴りして扉を盛大に破壊したのだ。




「な……。」


真っ二つに割れた扉の先には腕組みして、待っていたと言わんばかりに立つ先輩と少女がいた。




「ほう、これは見事なダイレクト入室だね。水希くん」


「それはどうも。でも、ワールドを張ってるなら問題ないよね?」


「はっはっはっ!あ〜あ、お見通しという訳か。流石、といったところかな」


互いに警戒する様子もなく、初対面ということを感じさせない会話だ。




岐路先先輩は占いができるらしいから未来予知的なので水希を知っているのはまだ納得できるが、水希もあたかも知っているような感じだ。なんだか変な光景を見ている気分だ。




「さぁ、そんなところで突っ立って話すことはない。二人とも中に入りな?」


先輩が手招きをして隣にいた少女、占いの書が2つ並んだ椅子を引く。


どうぞ、といわんばかりだ。水希の方をちらっと見ると澄ました顔で中に入っていく。




え、ちょ、えー。怖い人ではないことは分かっているがあまりにも躊躇がなさ過ぎないか?


でも1人だけうじうじとしているわけにもいかないので水希に続いて中に入った。




部屋の中は薄暗で部屋の隅に紫色をした電灯が薄く光っている程度だ。


何故紫にチョイスしたのだろう。


でも何やら右手の壁には沢山のモニターが張り付いている。何も映ってないが。




赤い布がかけられた正方形の机の前に丁寧に用意されたパイプ椅子に腰掛けると、目の前の椅子に先輩も座る。占いの書は先輩の隣に立ったままだ。


そういう主従関係なのか?




そう思ったのだが、よく見ると占いの書の後ろにも椅子が置いてあった。


古風な感性の持ち主なのだろうか。まぁ、否定しないが。




「さて、よく来てくれたじゃないか!まぁ、来てくれることは知っていたけどね?」


手を広げて背もたれにぐいっと寄っかかる。そして目を細くして笑った。


「へー。んーあのさ、その未来予知に匹敵する占いをすることができる力を……先輩はどこで手に入れたの?」




「ん〜?直球に聞いてくれてもいいんだけどね?つまりこの子との出会いを話せ、と」


先輩は横に立っている少女をノールックで指差した。




「いいだろう。大した出会いではなかったんだがね」


そう話し始めた内容を要約すると……あの日。図書館が燃えたときに先輩はたまたま図書館近くの路地を歩いていたらしい。そうすると自分の目の前に透明で美しい水晶玉が転がってきたそうだ。ただの水晶玉ではない。オーラから十分察した。それを家まで持って行って早一週間ちょい。今の状態に至るらしい。




というかこの説明だけでもおかしい点がある。占いの書なのに何故水晶玉なのか。水希は最初は本だった筈だ。そこがまず違う。


この疑問を水希に耳打ちした。




「ん、それは……」


「それはだね!占いの書が本の状態を維持するのが困難と判断して、物体として身を守ったからだ!」


小さく耳打ちしたつもりだったんだが。まぁ、ちっぽけな机を挟んだところでその距離なんてほとんどないに等しい。丸聞こえだったんだろう。




「先輩〜、私の賢いチャンス取んないでよ〜」


「おっと、これはすまないね」


なんだこの2人。


「まぁ、つまり私たちは仮契約状態って訳だ。」




「仮契約……?」


小さく首を傾げると、水希がバンッ!!と机を叩く。


「はいはいはーい!!ここは私が説明する!!」


これは先輩も横取りできないようで微笑を浮かべながら、どうぞというような手をした。




「仮契約っていうのはね!私たちとは違って、表面上の信頼っていう形で繋がっているの!私たちは深層、身体全てが繋がってるんだけどね!」


なんかエロいな。身体全てとか。まぁ、生命エネルギーのことなんだろうが。




「だからエネルギーの効率も悪い。ワールドを展開すればその中は契約者の生命エネルギーでいっぱいだからこうやって実体化できるけど、ね?」




水希は占いの書に視線を合わせてにこっと笑った。


それに答えるように占いの書も頷く。


「しばらくの辛抱です。なのでなにかあったときは私たちのワールドを優先させてくださいね?」




「それはそのとき次第かなっ!」


水希は意地悪なのか戦略なのか、うやむやな答えを放った。


「ふむ。ではせっかくだ、いいカモが現れたようなので早速“実践”してみようではないか」




突然部屋が明るくなった原因の照明。もといモニターを先輩は指差す。


そこには火を纏った謎の男が映っていた。そして映像は追う様に謎の男の視線の先を映し出す。




そこには悲鳴と共に逃げる零がいた。


「んなっ……?!」


「琉夏、こうしちゃいられないね」


「あぁ!早く行くぞ!!」


俺たちは勢いよく椅子を引いて立ち上がり、走ってその場所を目指そうとした。




「君達」


だが先輩に呼び止められる。


「君達、映ってるこの場所が分かるのかい?急ぎたいなら私についておいで!ワールドオフ!」




ワールドを閉じると、正方形の机の上に水晶玉が乗っていた。先輩は素早くそれを手に取り、こっちだ!と先頭を切って東校舎の入り口から外に出た。




実践とは、零の安否は、謎も不安も山ほどあるが俺たちは先輩の背中を追いかけた。

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