第九話 本は対立する
それからしばらく執拗な盛り上がりが続いたのだが、先生の「はい、静かにー」という魔法の言葉で一気に皆黙った。
素直に凄い、というか聞き分け良すぎじゃね?最近の高校生にしてはやはり優秀なのだろう、多分。
「よしそれじゃ、水希の席は一番後ろ、臨時だったから琉夏の後ろに机を設置した。男列だし隣も居ないが大丈夫か?」
「はい!問題ないです!ありがとうございます!」
先生に一礼して俺の方にスタスタと近づいてくる。
その通り道に居る男どもは前から順番に鼻血を噴いていっていたのだが、もうこうなったらどうでもいい。
あ、ちなみに俺の前の席の三吉は感心した顔で頷いているだけで噴水にはならなかった。
三吉を通り過ぎて俺の前に来たところでその足が止まる。
「んっ……よろしくね、琉夏くん!……ぷっ。」
この上ない笑顔だったが、からかっているのか最後に煽り笑いが入っていた。ぷってなんだよ。なら最初から"くん'"なんてつけんなよ。
そんな文句がどんどん頭に湧いてきていたのだが、前を向くとまるでハイエナが獲物を取られて、取ったそいつを今にも襲おうとしているような、そんな目で俺を男子諸君が見ていた。
悪寒が止まらない。男というのはこうだから困る。可愛い女の子に目がないのだ。でも、威圧がやばい。やばすぎる。
助けを求めるように隣の席の零を見ると、男子の誰よりも強い視線を俺ではなく、悠々と席に着こうとしている水希に送っていた。
もう、なんだろう。後ろに真っ黒いオーラが見える。だがその視線は素早く俺の方に変わり、視線が合った。
目には多少涙が溜まっていて、頰を膨らませてプルプルと小刻みに震えている。そして、ふんっ!と不機嫌そうに前を向いてしまった。
「なんなんだぁ……っ!」
頭を両手で抱え込んで、誰にも聞こえないように小さく言った。
「さぁて、説明してもらおうか?」
人気の無い、ボッチの学生が一人でお弁当を食べるには最適な踊り場で水希を壁に追いやった。
さて、どんな言い訳が飛び出すか楽しみなところだ。
だが、本人はケロッとして吃る様子も一切なかった。
「そんなの、この学校に用事があるからに決まってるじゃん。あと琉夏の側にいつでも居たいっていう乙女心?」
ふざけ調子でヘラヘラしている。
「あのなぁ、ふざけて来る場所じゃないんだぞ?」
「えー。用事があるって言ったじゃん」
「はぁ?用事って……」
「にひっ、お悩み相談部」
ぐんと顔を近づけて無邪気な笑顔をしてきた。
この距離、ガチ恋距離というやつか。
それに動揺していると壁が砕ける音がした。
……へ?壁が砕ける?
自分の耳を疑いながら横を見ると、どうやってこの場所を突き止めたのか……。壁を握り砕きながら零が一個下の踊り場に立っていた。
「琉夏……くん?」
下を向いていた顔が俺の方を向いた時、体験したことのない寒気が背中を走る。
零の目が一瞬赤く光って見えた。
「な、ななななな、何かな!?!?」
声が裏返りまくる。目も泳いでいるだろう。
ゆっくりと、一歩一歩階段を踏みしめながら彼女が近づいてくる。例えるなら恐竜だ。
いや、恐竜の方が可愛いかもしれない。とにかくやばい!!
「れ、零!!落ち着こう!」
「あ?」
終わったぁぁ。一言。一言ですよ。一番怖い一言の『あ?』頂いちゃいましたっ……!
逃れられないだろう。というか、何にキレているんだろう。
キレてるのかな?もうわからない。とりあえず奥歯を噛み締めてぐっと目を閉じる。
だんだんと近づいてくる呼吸、隣にいる水希のではない。階段の下から来る呼吸だ。
そして、ついに頬にその息を感じた。
全身に自然と力が入った。
だが、そこから何も起こらない。恐る恐る目を開けると前の光景ではなく、横の光景がやばかった。
「転校生ちゃぁん?琉夏くんをこんなところに連れ込んで何してるのぉ?」
「んーと、誤解があるかなぁ、全体的にぃ!!」
零の拳を水希が片手で静止しているというバトル漫画あるあるが繰り広げられていたのである。
目ん玉飛び出るとこだった。そんな昭和チックなことやってる場合じゃない!
「おい!!やめろよ!!2人とも!」
『琉夏(くん)は黙ってて!!』
このように俺の静止は無意味に終わった。
約10分間2人の攻防戦は続き、拳じゃ語り合えない事を理解すると決着(なんの決着かは知らん)はまた後日ということになったようだ。
「今回だけだからね……!」
「仕方ないね、部見学の時間は削りたくないし」
互いに何故かいつでも襲い掛かれる体勢での休戦和解だがひとまず安心だ。
まぁ隅で安座していた俺は情けないんだが。
「それじゃ、琉夏くんは返してもらうから」
「じゃあ、琉夏は私と行くから」
2人の発言が重なる。
また2人は睨み合って、拳を天高く掲げた。やばい!!殴り合いになる!!流石に安座を解いて立ち上がった。
『最初は……ぐー!』
「ズコーー!!」
盛大に転けた。じゃんけんかぁい……。まるで昭和の人みたいになるじゃないか、ズコーとか。
まぁ、彼女らにそんな俺は見えてもいないようだが。
『じゃんけん!!ぽん!!』
水希、ぐー。
零、パー。
あっけねぇ……。
「よっしゃ!」
零が喜びでパーを掲げた。
だが、隙をついたように水希は俺の手を取ると全速力で走り出す。
「じゃあねぇー!!」
「え?あちょぉぉ!!!」
思いっきり引っ張られて勢いで走り出すとともに零の姿はみるみる小さくなっていった。
あぁ、本当は仲良くして欲しかったが、そう上手くはいかなかったようだ。
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