第八話 本がやってくる
「い。…い!おい!!起きんかこのボケナス!」
「ひゃうんっ」
叩かれた。痛い、というより空気に顔を押された感じだ。ゆっくりと目を開ける。
辺りは全てカスタード色をしていて、ちらほら新宿あたりで流行ってるわたあめみたいな色をした雲が飛んでいる。どう考えても俺が知っている世界ではない。
右側を見ると金髪の、それも地面にべったりとつくほど長い金髪の、美幼女と形容すべき少女がヤンキー座りで俺を突いている。
「何をみている。さっさと立たんかボケナス」
そう言って少女は立ち上がるとつま先で俺の胴を蹴った。
「いっ……!たくない……。」
かなりの勢いだったが全く痛くなかった。風が強めに吹いた感じだ。
なんなんだろうか。立ち上がって少女の前に立つと、この子の小ささがよく分かる。小学生低学年ぐらいの背丈だ。
「君、誰なの?」
「……ふん。寄生……いや、夢の番人と言ったところかの」
「夢の番人?」
「そう、お前の夢の番人じゃ。つまりはここはお前の夢の中、分かったな?」
そう言われてみれば確かに。夢ならこの雰囲気も、痛みの皆無も納得がいく。
「なるほど」
「分かったならいい。というか!お前!ノンレム睡眠に入るのが遅すぎる!!」
えぇ……。ノンレム睡眠とは、簡単に言うと眠りが浅い状態のことだ。この睡眠の動きは人間が意図してどうにかできる問題ではない。
「まずなんとか外部からの刺激で眠りが浅くなったからよかったが、全く時間が少なすぎる!」
少女は足で地ならしをする。なんとも可愛い光景だ。と、そんな犯罪チックなこと言っちゃいけない。そろそろ反論しなければ。
「いやいや、俺には眠りなんて操作できないよ?」
「いいや!できる!」
何故か強く断言する。どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか。
「どうやるのさ」
「簡単なことじゃ。お前の寝具は良いものが揃いすぎておる!だから眠りが深くなるんじゃ、すなわち。」
「すなわち……?」
「明日から枕で寝るな」
真顔!!怖いよこの子!真顔!!
「いやだわ!!寝づらくなるだろ!」
「いいんじゃよ!それで!!眠りが浅くなれば必然的に夢を見る時間も長くなる!!ちっ、これからなにが起こるかわからんというのに……」
とても態度が悪い少女だ。舌打ちしたぞ。てかこれって明晰夢ってやつなのかな。すごいな。てか、あれ。なんか、眠くなってきた。
「……っ?!もうかの!?くそっ!もうっ!!今日はとても大切な一つだけ言っておく!!いつでも戦える心構え……しと、っ!!!」
「んぐっ」
目覚めると顔が何かに埋まっていた。柔らかい。でも、とても、死ぬほど息苦しい。
柔らかい何かを退かそうと手で掴むと……悟ってしまった。
「ぁんっ……」
微かな、でも色気の感じる声が頭上から聞こえた。
この感触。そんなに馬鹿みたいに大きくないが、少し手には余るぐらいのもの。
これは……水希の胸だ。
明晰夢の印象が今も残っていて忘れてたが、水希と一緒に寝たんだった。嘘、寝てしまったんだった。
自力で逃げれないか、ともぞもぞと頑張るが水希の抱きしめ方が異常すぎる。抜けれない。
幸い、腕は自由に動かせる。水希には悪いが最終手段だ。
手探りで水希の顔に手を当てると思いっきり引っ張る。
「んえ?!あだだだだだだ!!!!!」
水希はびっくりして俺を突き放した。反動でベッドがくっ付いている壁にぶつかったが窒息の難は逃れた。
「はぁ……はぁ。死ぬわ!!寝相悪いというか、俺は抱き枕じゃない!!」
両方の頰を抑えて悶えている水希に説教する。
「わらとららいろに……。ひろいよ……。」
わざとじゃないのに、酷いよ。と言いたいのだろう。
ため息をついて時計を確認するとまだ登校までは時間があり過ぎていた。
いやだが、朝食を買っていない。昨日の晩飯と一緒に買ってくるべきだった。
そんな後悔を今更してもどうしようもない。
仕方ないので朝の憂鬱な腰を上げてベッドから立つと、身なりを整えるために洗面所へ向かった。
「本当に朝早いね。気をつけてね?」
玄関に向かう廊下で俺の後ろをついてくる水希。
好きで早く行くわけじゃないんだがな。
「はいはい」
朝だから口数が振るわず、適当な返しになってしまう。
玄関で靴を履き、扉に手をかける。
「それじゃ、お前の朝食代は食卓にあるから」
「うん!いってらっしゃい!」
玄関が閉まるまで水希は手を振り続けてくれた。
昨日と同じで教室余裕の一番乗りだろうな。牛歩、とまでは行かないがゆっくりコンビニ経由学校行きの足を進めた。
一方、琉夏をギリギリまで送り出した水希はいそいそと今日の準備を始める。洗面台の前に立ってニコリと笑顔を作った。
「さーて、私の春はここから、っと。」
1日の始業のチャイムが学校中に響く。ちなみにこのチャイムから後に校舎に入ると原則遅刻だ。まぁ、そんなことはどうでもいい。そんなことより遥かに驚きの事態が琉夏、いや、1-2に起きた。
先生が手招きしてホームルーム中に教室に入ってきた女。白い、真っ白い髪を動かして。教卓の前に立つと純白の髪の中に前髪の一点にだけ赤い髪が集中した美しい顔が俺たちに向けられる。柔らかな視線は誰もが夢中になるだろう。
「はい、それじゃあ自己紹介して」
先生の指示にはい、と透き通った声で返すと笑顔を振りまいた。
「初めまして!特別特待で編入してきました、緑川水希といいます!!華やかなこの学園に馴染んでいけるようにしたいです!是非、仲良くしてくださいね?」
全男子がうおー!!!と謎の歓声をあげて起立する。
中には鼻血を一生懸命に抑えている生徒もいた。女子生徒も前後で盛り上がりを見せている。
なんだこれ。
俺は処理しきれていないことが多々あるが一つだけ確実に分かったことがあった。
「面倒くさいことになるな、これは」
肘をつき、外を向いて呟いた。
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