第七話 本はサボる
家の前に着く頃には日はすっかり落ちかけていた。
春の夕方は意外と早く日が落ちる。花咲家の真っ白い外壁は微かに夕焼け色になっている。
俺は左肩にバックを下げ、右手にコンビニ弁当が2つ入った袋を持って家の玄関ドアを開けた。
「ただいま」
靴を脱ぎながらまぁまぁな声でそういうも何も返ってこない。
廊下に電気がついてなく、まるでこの家に人が居ないような感じがした。
「水希?」
昨日知ったばかりの名前をぎこちなく呼びながらリビングの扉を開ける。また、ここにも人影は無かった。
少し不思議に思いながら食卓に袋を置くとバックをソファに投げて2階に向かった。
階段上がって一番手前の部屋、ここが俺の部屋だ。絶対に水希はここにいると踏んだ俺は静かにドアノブに手をかけた。
そして勢いよく扉を開けるながら大きな声で叫んだ。
「ただいまんぐうぅぅぅうっす!!!!……て、あれ?」
そこにも彼女の姿は無かった。そして、互いの布団はとても綺麗に整えられているものの、机の上やその周辺の床には中学の頃の教材や高校にまだ持っていっていない教材などが乱雑に散らばっていた。
「なんだよ……これ。」
考えられることはいくつかあった。強盗に水希が誘拐、または拘束されているパターン。占いの書が言っていた人滅団とやらが水希を狙って来たパターン。他色々考えられる。
だが、そんな冷静にしていることは出来ない。俺はドタドタと音を立てて階段を降りると、色々な部屋の扉を片っ端から開けた。
「ここでもない。ここでもっ!!」
見つからない。結局、リビングの中央に来て家全部に響く声で叫んだ。
「おぉい!水希っっ!!!居るなら返信しろぉぉ!!」
「なぁにぃ??!!」
遠くから女の声がした。風呂場の方だ。
そういえば、物置や客間ばかり見てトイレや風呂場を確認していなかった。
無事を確認できて一安心。していたのだが俺の声に驚いたのか風呂場の方から大きな足音が近づいてくる。
そしてバンッと俺に負けないぐらいの勢いで扉が開いた。
「どうしたの!!琉夏!!事故?!」
必死な顔の水希が一糸纏わぬ姿で突っ立っていた。
「ちょちょちょちょちょっ!?!?せめてタオルぐらい巻いてこいよっ!!」
純白の髪から水を床にポタポタと滴らせながら、彼女はへ?といった感じで自分が思春期真っ盛りの男子の前で全裸を晒していることには興味がないようだった。
というか、圧倒的デジャブ感。そんなものをひしひしと感じて、大きくツッコんだ。
「昨日もこんな感じだったじゃねぇかぁ!!!」
今晩の夕食はコンビニ唐揚げ弁当。
俺も水希も一緒のものだ。俺は彼女と向かい合って食卓に座ると、しっかりと服を着た水希に問いかけた。
「どうして俺の部屋はあんなに散乱しているんだ」
「それは……。」
少し困ったように俯き、軽く口を結ぶ。
「……けた。」
「へ?聞こえないぞ?」
彼女の口から出た言葉は本当に小さなもので俺の耳には後半しか届かない。
「だから……。部屋の掃除中にこけたの!!」
別に口をつぐむ程の理由ではないように感じた。まぁ、少しダサいけど。
「じゃあ、なんで戻さないでさっき風呂に入ってたんだ?直す時間なんていくらでもあっただろうに」
「うっ……。それは……、後回しに、しちゃった……から?てへ」
「可愛い顔したってダメだわ!なんでほっとけるんだよ!!いや、待てよ。それほっといて何してたんだ?シャワー浴びてるぐらいだから埃でも被るぐらいの大掃除してたのか?」
そう救いの選択肢を与えたが彼女はまた渋い顔をした。そして、人差し指同士をちょんちょんと合わせる。
「寝てた☆」
思いっきりお茶目な顔で舌を出した。
「グスッ……いつもコンビニ弁当なの?」
「ん?なんで?」
弁当のカバーを取りながら質問に質問を返した。
水希は大きなたんこぶを両手でいたわっている。
「いやさ、昨日もコンビニのおにぎりだったしさ、炊飯器も鍋も料理道具はしっかり揃ってるのになんでなのかなって」
言い終わると彼女もカバーに手をかける。
「妹が料理してくれたからな。俺は一切できないからコンビニ弁当。」
水希のカバーを開ける動作のぎこちなさになんだか危ないものを感じて開けてやる。
「ん。ありがと。可哀想な琉夏くんに唐揚げを一つ贈呈しましょ〜」
割り箸を割って唐揚げを一つ俺の弁当に入れてくれた。ちらっと水希の頭を見る。可哀想なのはどっちだか。
「ありがとよ。てか、お前は料理できないの?」
そんな素朴な質問をすると、水希はご飯を食べようとした手を止めた。そして、ご飯を見つめて下を向いたまま言った。
「炊飯器なんて便利なものがあっても、ご飯を丸焦げに出来る自信があります。」
「……。唐揚げ、返すね。」
察した俺はそっと彼女の弁当に唐揚げを返した。
「いただきまぁす」
揃えてそういうと少しの間黙々と食べ続ける。
そして、あ!そういえば!と、思い出したかのように話題を変えた。
「今日、占いの書ってやつに会った。」
ピクッと水希が反応する。そして顔を上げて質問してくる。
「なんて言われた?主人は一緒だった?危なくなかった?」
「落ち着け落ち着け。順番に答えよう。結論から言うと、敵じゃない、と思う。主人も一緒だったし。ワールド?っていうやつも使ってたらしいし。あ、その人達の部活に来いとも言われた。どう思う?」
水希は顎に右手を当てて考えるポーズをとった。
「占いの書……。なるほど。んー。絶対とは言わないけど大丈夫だと思うよ。」
と、言って唐揚げを一口。もぐもぐしながら続ける。
「あの本はいい本だからね。もぐもぐ。でも、本当にどれぐらい先まで占いで見えてるかわからないから。ごくり。そこだけは気をつけておいたほうがいいかも。」
「分かった。じゃあ部室は行ったほうがいいかな……。」
「……怖いの?」
この場合の怖いの?はバカにしているケースがほとんどだが、水希のこれはそれではなかった。ほんのちょっと心配しているような優しい感じだ。
「いいや、そういう訳じゃないんだけどな。」
言われて分かった。よく考えてみると別に怖くもなんともないのだ。だって、仮にもワールドというもので俺に保護をかけてくれていたみたいだし、丁寧な対応?だったし。恐怖は全くなかった。でも、何故か行く気にならなかった。
「明日、行ってみることにするよ」
そう決意をぼそっと言って弁当の最後の一口を口に運んだ。
「うん!それがいいね!」
にこやかに同意すると水希も弁当の残りをパクパクと駆け足で食べた。
夜も更け、時間は0時を回ろうとしていた。
我々2人は今、布団にいる。
同じ布団の中にいた。
「お前、下の布団じゃないのか?」
「……だめ?」
甘えた様子で俺の手を握る。身長差的に布団に入るとちょうど良く彼女は上目遣いで俺をみることになる。
真っ白な髪の間から覗く目は正直悩殺ものだった。
「く、くっつくな……!だめとか……もう、勝手にしろ!」
せっかくご褒美が自ら寄ってきているのにそれをはねのけることはない、という圧倒的男子の欲望が一人勝ちしてしまった。
「やったぁ!ん……ふふっ」
水希は俺の右腕に器用に抱きついた。足までしっかり絡めて抱きしめてくる。
ふへへ、世の男子よ!羨しかろう!!
こんなの人生で2度とない経験だろう。美少女が!自らの意思で!満足げな笑顔で!俺に抱きついているんだぞ!しあ……わせ。
俺は色々な気持ち良さのあまり、寝てしまった。
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