第六話 サプライズ、そして先の出会い

 朝からのひと悶着が終わり、また外を見ようと席に着き頬杖をつこうとしたその時、イケボが俺を呼んだ。


「りゅ、琉夏?!おいおいおい、大丈夫だったか!?一週間も休んでっ!」


三吉だ。心配して俺の方に急いで駆け寄ってくる。そして身体中をペタペタと触る。


「やめろよ!気色悪いな!」


「いやだって……その様子だと怪我とかじゃないんだな?」


本当に心配してくれていたようだ。なんて嬉しいことなんだろう。涙がちょちょぎれるってもんだ。


「何言ってんだよ!ちょっと母さんから連絡あってさそっち行ってたんだよ」


それっぽい嘘をついておく。うちではよくありがちなことだから三吉なら信じてくれるだろう。


「お前のお母さんって確か今アメリカだよな。そこまで行ってたのか?」


「あぁ、いろいろあってな。」


ふーんとそっけない返事が帰ってきた。流石、分かってらっしゃる。


「でもよかった。また、9年前と同じようなことだったらどうしようかと。」


流石、分かってなくていいことも分かってらっしゃる。


「あの時のことはいいだろ。生きてたんだしさ」


「ま、それもそうだな」


深追いしないのもこいつのいいところだ。


傷の話は、人を不幸にしかしないからな。


俺はそっと二の腕を撫でた。


「そういえば琉夏にとってサプライズが待ってるぞ!多分そのうち来るはずだ」


「来る?サプライズは勝手に歩いてやってくるものなのか?」


三吉は俺の隣の席を指さした。


「そこの席の人がサプライズなのさ」


確か入学式にも空いてた席だ。


入学式から休むとは一体どんなやつなのだろう。


少しそんなことを考えていると段々と教室に人が集まり始めた。


意識するつもりは無いが、サプライズと言うぐらいだ、その人物が気になって教室に入ってくる生徒をチラチラと確認する。


そうしていると見覚えのある顔が教室に入ってきた。つい最近、俺の記憶では本当に最近にあった人物。校則に忠実に切られた清潔な髪の毛。ラピスラズリを澄んだ水に浮かべたように輝かしく美しい瞳。誰が見ても文句を言えない嘘のようなスタイル。そんな人物が俺の席の隣に腰掛けた。


思わず声が出る。その姿が美しかったから、とかではない。そんなことは昔から知っている。こいつがここにいることに対する驚きに、だ。


「れ、零……っ?!」


彼女も多少驚いた様子だった。刹那、その表情は涙を軽く浮かべた笑顔に変わる。


「琉夏君っ……!一週間も何してたの、本当に心配したんだからっ……!」


座った俺に抱きついてきて、顔を胸あたりに押し付けながら言ってきた。


だが、俺だって心配していたのだ。


「お前、なんで俺に一言も言わずに岬を送ってったんだよ。自分の事情は考慮できなかったのか。」


少しトーンを落として問う。


怒るつもりはないが、一応確認程度で。


彼女は抱きついたまま上目遣いで言う。


「……ごめん。完全にあれは私の判断ミス。言い訳も何もないよ。」


優しさだけで動いた彼女を俺はなんとも言うことが出来なかった。


と、いうか。今更だが、急に周りの視線が強く俺たちを見ていると気がついた。


気づいたときには遅い。ざわざわと恋愛のことでやたら盛り上がりたがる女子や男子がスマホの画面を叩き、見聞を広げようとしていた。


「あ、あ、あ!!!そ、そんなことより!そろそろHR始まっちゃうから!零!座らなきゃあ!!」


わざとらしく大声でそう言うとこちらを見ていた男女が時計に目をやり、なんだよと言わんばかりに自分の席についていった。


零も自分の席に着く。


ほっとひと段落ついて黒板の方を見ると、前の席の三吉が俺の方を向いていた。


そして顔をぐいっと近づけて左の耳元で囁く。


「な?サプライズだっただろ?」


それだけ言って前を向いた。


と、同時に教室の扉が開く。


「はいおはよう!」


元気な挨拶と共に担任の保科先生が入ってくる。そして俺の方を見るなり少し驚いた顔をして、「花咲」と手招きされる。


はぁ、と息を吐く。何を言われるのだろう。そんな不安を持って席を立って前に歩いていく。


先生のところに着くと一枚の紙を手渡された。


「生徒会の会員手続きの書類だ。この間一斉に新会員歓迎式があったんだが、お前は居なかったからな。HRが終わったら生徒会室に行って個人的に会員証を貰ってきて職員室にくるように。そして、無断欠席には気をつけろよ」


そう小さめの声で話された。


小さくうなずいて、「すいません」と一声言った。


俺が席に戻ると先生がさぁ、始めよう!と一声。


「起立、おはようございます」


やる気の感じられない号令と共にみんな一斉に挨拶する。


「着席」


と、各々座る。


「じゃあ、今日の予定は予告どうり1日部見学です。今日中に自分に合った部活を見つけられるように。以上!」


保科先生は簡単に1日の説明をすると号令を受け、教室から出て行った。


簡単すぎる。予告どうりなんて言われたってな。俺には分からない。


だが、みんな分かっているようで各自行動を始めていた。


俺も三吉に部見学の誘いを受けるが、プリントとと事情を話して先に行ってもらった。あとで合流する約束で。


「さて、やること終わらせるか。」


誰にも聞こえない独り言を言って、さっき渡された紙を持って生徒会室を目指して歩く。


学校の校舎の地図は頭に入っていない。所々に貼ってある校舎内の地図を見て生徒会室を目指した。


「一学年は北校舎3階。生徒会室はっと……。西校舎4階か。」


無駄に広い。だが、何も考えずまっすぐ前だけ向いて西校舎を目指した。こういう時って変に注目を浴びているような緊張感に襲われるからである。


と、黙々と歩いているうちに生徒会室前に辿り着いていた。ふぅ。と静かに深呼吸。深く息を吸ってから気合いを入れて扉を三回ノックした。


「失礼しまっ……?!」


ひゅんっと風を切り裂く音と共に自分の目の前で竹刀と見られるものがぴたっと止まった。


「何奴だ。」


強張った体は動かず、視線だけその声の方向に向ける。そこには竹刀を持った腕に生徒会という腕章をつけた、凛々しく厳しい目を向ける女性がいた。


「て、ん?あ、チャック全開登校君じゃないか」


出た。俺はこの人を知っている。そう、入学式の日にズボンのチャックを指摘された生徒会の役員さんだ。


彼女は竹刀を背中の竹刀ケース的な黒い入れ物に入れると俺の目の前に来た。


「で、どうしたんだい?チャック君」


チャック君とはまた酷いあだ名だ。もし遠くからチャック君ー!!なんて呼ばれたらなんか痛々しい人たちじゃないか。まぁそんなことはどうでもいい。うん。


俺は紙の両端を持って丁寧に先輩に差し出す。


「生徒会会員の手続き書類です。担任に生徒会室に提出するようにと言われたので。」


ふぅん。と唸って先輩は片手でそれを受け取ると目を通しているのか通していないのか分からない程度に眺めてすぐに俺に返す。


「見ての通り、今生徒会室には私しかいなくてな。会長が戻るまで待ってくれ。それは私にはどうもできん」


そう言いながら置いてある立派なソファにどかっと座る。


「てか、それ今出しに来るってことは休んだんだな。最初の一週間二週間は授業もないんだから来いよな」


足を組んで凛々しい視線と言葉を向けてくる。


本当に恥ずかしい限りである。本当は来たかったけど本のせいで気を失っていました!!なんて冗談でも言えない。嘘つけ、とか言って次こそは竹刀でぶっ叩かれるだろう。


俺はその視線と正論に圧倒されるように苦笑した。


緊迫した雰囲気が流れていたその時、生徒会室の扉が開く。


「札切ちゃん〜。お留守番お疲れ様〜あっ!?」


札切とはこの凛々しい先輩のことなんだろうか。ふわふわした雰囲気が特徴的な入学式に見た生徒会長が普段モードで入室してきて、俺を認知して驚きの声を上げる。


「あ、あ、あのっ!!すいませんっ!!お客様がいるとは思わずっ!!!」


と、いつのまにか土下座していた。


えぇぇぇぇ?!?!土下座?!


思わず声が出そうになった。


土下座を見た札切先輩が呆れた声を上げる。


「会長。その子、例のチャック君ですよ。」


「え?あ。例の……」


顔を上げて俺を見つめる。いやんっ。じゃない。え?例の??話やがったのかこの人。うわー。


生徒会で一躍笑い者にされたのが安易に想像できた。そんなことを思っているうちに会長は立ち上がりソファが囲んでいる奥にある立派な机の席に座り。うぅんと咳払いした。そしてふぅっと深呼吸するとピシッと背筋を伸ばして座り直す。


「なんの用事でしょうか」


おぉ。スイッチが入った様子だ。入学式の時よりも会長感がある。俺にもひしひしと緊張感が走り始める。


「ええと。生徒会会員の手続きの書類を提出しにきました」


机の前に立ってさっきと同様に書類を手渡す。


すると会長ははんこを取り出して承認印と書いたところにギュッとはんを押して、机の引き出しから会員証を出した。大きさはポイントカードぐらいだ。


「どうぞ。欠席には気をつけてくださいね。」


と、優しく一言かけながら会員証を渡してくれた。


俺はそれを受け取るとさっさと扉の前に立ち、失礼しましたと大きく言って扉を閉める。


「よかったぁ。」


思わず声が出てしまった。会長はとても優しかったがあの札切という人に見られているのがとても落ち着かなかった。なんだか、プレッシャーを感じた。


だから、というわけではないが少し早歩きで職員室を目指す。そう。次はこの会員証を職員室に出さなければいけないのだ。廊下をまっすぐ歩いて階段のある所に曲がる!その時だった。階段の方から出てきた女の子と出会い頭でぶつかってしまう。


「きゃっ」


女の子がわずかに悲鳴を上げる。俺は尻餅をつき、その女の子は手に持っていたものをぶちまけた。大した量ではないが数枚のプリントだった。ごめんなさいと先に言うのだが、いえ。と軽く返事をされてプリントをいそいそと拾い始める。


「えっと、俺も手伝います!!」


申し訳程度に手伝おうとした時だった。俺が拾おうとしたプリントをばっと横から回収して俺の方を向いた。とても長い前髪。両目が前髪に見え隠れしている。髪色は何だろう。茶筅で立てた抹茶のような渋い緑色をしていた。綺麗な顔立ちではあるが、疲れているように見える。


「あの、いいので。行ってください。」


まだ少しプリントが散っているが手伝うのを拒否された。なんだろう。見られたくない内容なのか。でもその子はとても困ったような、そんな顔をしていたので素直に「すみません。」と一言かけて階段を降りる。


多少の罪悪感があった。ちょっと悪いような、でもこれで良かったような、モヤモヤした感じが微妙に残る。でもここはまぁいいか、と割り切って職員室に急ぐことにした。あのプリントはなんだったのだろうか。部活の物なのか、そもそもあの人は先輩なのか同級生なのか。ちょっと気にかかった。


そんなことを考えて職員室のある廊下に辿り着く。すると、先生たちが頻繁に出入りして少し急いでいるように見えた。その中に保科先生を見つける。


「保科先生!!」


大きな声で呼び止めてそこまで走っていく。


「あぁ!花咲か!」


気づいてもらえたところで会員証を提出する。


「どうも。あの……先生方は何を急いでいるんですか」


「えっ。あぁな。それが、特別特待の申請者が来てな。急に受験が開始されることになったんだ。なんでもそっちも急ぎなようで時間がある先生方総出で丸つけとか色々しているところなんだ。」


早く行きたい、といった感じで早口で説明された。


「なるほど。」


特別特待。それは申請して受験に合格すれば次の日から転入生として入学できる独自の制度だ。その代わり、今回の一般入試の最高得点と互角、それ以上の点数でなければいけない。逆に言うとそれだけでいいのだ。お金も要らないし、手続きも少しずつ学校で進めていく。なんて面倒くさいことが要らない制度なんだ。まぁ、前例はないらしいが。


そう、前代未聞の事態に先生たちは焦っているのだろう。てか、その申請者も相当チャレンジャーだな。


「じゃあ!部活見学しっかりな!」


そう言ってすぐ先生は職員室に行ってしまった。


部見学かぁ。


そのあと、俺は三吉達と合流して色々な部活を回った。そして、そのまま下校した。お悩み相談部には立ち寄らなかった。なんだか、怖くて。




その時、お悩み相談部は暇していた。案の定、見学者など来なかった。


東校舎にある完全な暗室。その真ん中に向かい合った席と水晶玉を置く座布団がある。


東校舎は評判が悪い、古いし、暗いし、何より……。


そんなところに一人の女性。岐路先望がいた。水晶玉を覗いてニヤニヤと笑みを浮かべる。


「さてと。ついに明日だね。部見学2日目、私たちの出会いは。」


その水晶には花咲琉夏の只今の下校の様子が映し出されていた。

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