第205話 SS:エムメルクの再構築 ⑤/あとがき
「それがあなたが出した答えなら、全力で応援するわ」
そうやって、あたしは精いっぱい彼女に笑いかけた。だが、胸の中はキュッと絞めつけられるくらい悲しみが沸いていた。
五つ下の幼馴染。妹の親友。幼い頃に両親を亡くした彼女は、あたしの家がもう一つの家族と言っても過言ではなかった。いや、あたしが、もう一人の妹のように思っていた。
そんな彼女が今、こうして、自分の意思で旅立とうとしている。自分の居場所を作り出そうとしている。嬉しいはずなのに、泣きそうなくらい寂しいのは、あたしなりの親心なのだろう。
だからこそ、あたしができるのは一つだけ。
「……でも、つらくなったら遠慮しないで頼るのよ」
──彼女が「帰って来る」場所になってあげることだ。
セリちゃんに語りかけた時、いったいあたしはどんな顔をしていたのだろう。
驚いたように目を瞠った彼女は、やがて「はい」と穏やかな顔で笑った。
湿っぽい空気が辺りに流れる。あたしの一番嫌いな空気だ。そんな空気を払うように、あたしは「パンッ」と柏手を打った。
「そうと決まれば、引っ越しの準備をしなくちゃね。ほら、ギルドのことはそこの職員に任せて早く家に帰りなさい」
「え? あ、はい」
戸惑うセリちゃんの背中を押し、彼女を家に帰らせる。実際、彼女もギルドを抜けた人間だ。無理にいてもらう必要はない。
リオちゃんと一緒にオズモンド神官長たちのところに行き、丁寧に挨拶をしるセリちゃんを見ていると無意識に長いため息が出てしまった。
セリちゃんが去っていく。その隣にいるリオちゃんも、打ち合わせが終わったらエルフの里に帰るだろう。魔王を倒した今、彼がこの街で暮らす理由はない。里の発展のキーパーソンになるにしろ、住む場所はきっと大好きなライザ君がいる実家だ。
そう、それが幸せなのだ。彼にとっても、彼女にとっても。
みんなあたしの家を出ていく。
そして、みんなそれぞれの道を歩いていく。
そうしていくうちに、みんなあたしの元へ去っていく。ムギちゃんも、セリちゃんも、リオちゃんも。
全ては初めに戻るだけ。戻るだけなのだ。
それなのに、セリちゃんやリオちゃんの背中を見ていると目頭が熱くなって仕方がなかった。
「嫌だわ、あたしったら……すっかり涙もろくなっちゃって」
ぼやきながら手の甲で浮かんだ涙を拭うと、痛ましそうに見つめるフーリと目が合った。
「あのさ、アンジェ……完全に思いつきなんだけどよ」
柄になく仰々しくなるフーリに「ん?」と小首を傾げる。するとフーリは照れくさそうに頬を掻きながら、あたしに提案した。
「あの……俺、お前の家に下宿していいか?」
「え??」
あまりに唐突な提案に思わず声が裏返ってしまったが、当の本人は本気だった。
「俺もこの歳で実家暮らしっていうのもあれだし、かといって自炊できる自信はまったくないし……でも、お前の家に下宿すれば飯は出てくるし、セントリーヌの餌にも困らないだろ? それに──お前も寂しくないだろうし」
そう言ってくるフーリの頬は少しだけ赤くなっていた。自分で言っておいて、恥ずかしさが隠しきれていない。その優しさが嬉しくて、でも、そんな顔をされるとあたしも恥ずかしくなってきた。
「もーぅ! あたしと暮らしたいなら素直にそう言ってよー!」
「いってぇ!」
羞恥心を誤魔化すのに思い切りフーリの背中を叩くと、フーリは叩かれた背中をのけぞりながら、その場で膝を突いた。
「お、お前……もう少し加減しろよ……」
「あらやだ。ごめんなさい」
声を震わせるフーリに向けて、口に手を当てながら平謝りする。すると、よろけながらも立ち上がったフーリは「まったく」と言いながら目を細めながら笑った。
そっか。あたし、もう一人じゃなかったんだっけ。
そんなことを思いながら、あたしはもう一度リオちゃんとすでに小さくなっているセリちゃんの背中を見つめながら静かに告げた。
「──いつでも、帰ってきていいからね」
その言葉を唯一聞いたフーリは、腰に手を当てながら唇を綻ばせた。
【エムメルクの再構築】 終
~・~・~・~・~・
<あとがき>
ご覧いただき、ありがとうございます。
初めてのカクヨム。そして初めて長編を書きました。お楽しみいただけたでしょうか。
こちら「少し違う異世界転生物を」というコンセプトを目指して書いていきました。
ここまで長くなるつもりはまったくなかったのですが、やりたいこと全部できて大変満足しております。
初めてのカクヨム作品であるのに、たくさんの人に読んでもらえました。
次作はまた異世界ファンタジーを書く予定です。
書き終わりましたら掲載していくと思うので、その際はお付き合いいただければ幸いです。
さて、ここから先は「おまけ」としてキャラクター設定を置いていこうと思います。
同じ物書きの方の参考になれば嬉しく思います。
ということで、もう少々お付き合いください。
そんな訳でちょっとだけ更新は続きますが、だらだら続きそうなのでここであとがきとさせていただきます。
改めまして、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
また後程。
葛来奈都
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