第120話 晴れているのは天気だけ

「ム~!」



 元気いっぱいに両手を挙げるゴレちゃんとムンちゃん。

 確かにこいつらは増殖もするし、力もあるから荷物運びには便利だ。それに、リオンにもすっかり懐いているようで今も楽しそうに彼の周りをくるくると周っていた。



「まー……久しぶりに見たけどこいつらも元気そうで」



 半目になりながらハイテンションのゴーレム二体を眺める。

 その横ではアンジェとセリナも微笑ましそうにして見守っていた。



「でも、セリナが良くなって安心したわ」

「みなさんのおかげですよ。でも、ギルドの復興作業をまったくしていないので、職場の人には申し訳なく思ってます……」

「いいのよセリちゃん。そんなのは男どもに任せちゃいなさい」



「ウフフ」と上品に口に手を当てて笑うアンジェに、セリナも釣られるように笑う。

 ほんわかとした和やかな空気が流れる。

 ただ、他愛のない話に花を咲かせるのもいいが、腹も減ってきた。それはノアも同じようで「まだか?」と言うように俺の頭に乗っかってくる。



「そろそろ飯食いに行こうぜ」



 ノアを乗せながら後ろで腕を組んで、くるりと方向転換する。

 そして、前方に見えた見知った顔に「あれ?」と小首を傾げた。



「ミドリーさんじゃないっすか」



 思わず声をかけると彼も俺たちに気づいたようで「やあ」と手を挙げて挨拶する。



「揃いも揃って珍しいな」

「あ、はい。これからみんなで昼飯食いにくいところっす」

「あっはっは。それはいいことだ。たんと食べてこい」



 ミドリーさんは笑いながらゴレちゃんムンちゃんと戯れていたリオンの頭を撫でる。

 いきなり撫でられて驚いたのか、リオンはぽかんとした様子でミドリーさんを眺めていた。

 数日ぶりに再会したミドリーさんだが、相変わらず壮快感溢れる人である。



「でも、神官様も無事に会合が終わったようで安心しました」

「ああ。特に問題はない。そちらはどうだ?」

「こちらも特に変わりはないっすよ。あ、そういえばギルドが無事再開したから、さっそく教会にクーラの水と薬草届けておいたんで」

「そうかそうか。ありがとよ。お前たちがいたらこの街も安心だな」



 腕を組んだミドリーさんは嬉しそうにニッと笑う。

 そう言ってくれるミドリーさんだが、俺たちなんかより彼がいたほうがこの街は安心・安全だろう。組んだ腕からはっきりと見える筋肉の筋だっていつ見ても逞しい。警備的な意味でもこちらのほうが頼りがいがあるに決まっている。



 しかし、正直この街に戻るのにもっと何日も空くと思っていたから、少しだけ拍子抜けしていた。

 無論、この数日の間に怪我人もおらず、リオンの出番もなかった。

 まあ、早く帰ってくることに越したことはないのだが――



「でも、お前たちがいてくれるから私も安心して出かけられるのだ。本当に助かってるよ」

「そんな……買いかぶりっすよ」

「あらあら。勇者様ったらすっかり照れちゃって」



 褒められて照れる俺にアンジェがおかしそうにクスクスと笑う。そんな俺を見てミドリーさんも大きく口を開けて笑い声をあげる。



「頼んだぞ、勇者ムギト・オオダテ。期待しているからな」



 そう言ってミドリーさんは目を細めたままバンバンと俺の背中を強く叩いた。

 ――この流れるように彼がこぼした言葉に俺が総毛立っているということも知らずに。



「……ムギちゃん?」



 最初に俺の異変に気づいたのは、アンジェだった。



「ねえ……あなた……いったいなんの真似?」



 俺の行動にアンジェが頬を引き攣らせる。アンジェだけでない。

 セリナも、そしてミドリーさんも俺が取っている行動に驚いて目を見開いていた。



 俺だって、自分でもなぜこんなことしているのかわからなかった。

 ただ、無意識に伸びていたのだ――手が、腰に差していたバトルフォークに。



「ど、どうしたんだムギト……」



 ミドリーさんも驚きながら両手を挙げて俺から少し距離を取る。

 しかし、それでも俺は彼を逃さないようにフォークの先を彼に向けていた。



 神官である彼に武器を向けることがどれだけ重罪なのか、先日の話から十分わかっているはずだった。

 だが、気づいてしまったのだ。この人が、ミドリーさんではないことに。



 強気にバトルフォークを向けているが、吐きそうなほど緊張していた。

 なんせ、目の前にいる彼の姿はどこをどう見たって神官のミドリーさんだ。

 これまで何度も会っているから見間違う訳がない。



 それでも俺には確証があった。なぜなら、この人はミドリーさんでは知りえないことを知っている。



「なあ……なんで今、俺のことを『ムギト・オオダテ』って呼んだんだ?」

「呼んだも何も……それがお前の名前だろう?」



 当然の如くそう告げるミドリーさんにアンジェとセリナは大きく目を見開く。おそらく、彼らもこの矛盾に気づいてしまったのだろう。



「確かに俺の名前は『大館麦人オオダテムギト』だ。でも、あんたはその名前をどこで知った?」

「それは……ギルドカードだ。前に依頼クエストを受けてくれた時、依頼書にその名前が書かれていた」



 半笑いしながらもミドリーさんは淡々と証言する。

 この発言が、一番墓穴を掘っているのを彼はわかって言っているのだろうか。今だって、この矛盾に気づいたセリナが血相を変えてわなわなと震えているというのに。

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