第107話 柄じゃねえことはわかってる

「いや、幸せならいいんだけどよ。オリビアさんの言葉を汲み取ると、ずっとこの里にいるのは勿体ないなって思ってさ」



 現にオリビアさんはこう言っていた――私が見た世界を、君たちにも見せてあげたい、と。

 俺からしてみれば、それがオリビアさんの生きざまの全てで、彼女の願いのような気がした。



「確かにお前は人間にいい思い出はないかもしれないけど……彼女のいた世界も悪くないぞ」



 異世界から来ている俺が言うのだ。説得力が違う。

 当然危険な魔物はうじゃうじゃいるし、悪い輩もいる。

 けれども、それだけでオリビアさんがいた世界が汚いとは言えない。

 それよりもこの世界には広い大地と美しい街並みと、何より素敵な出会いがある。それだけでも、この世界は美しいと思う。



「そりゃ、殻にこもるのは楽だけど……それだけでは世界は変わらないし。殻をやぶってみないと、世界の美しさもわかんないだろ?」



 頭を搔きながら口をへの字にしてライザに告げる。

 自分でも柄に合わないことを言っているのはわかっている。しかし、こいつの顔を見ていると、なぜかこういうことを言いたくなるのだ。



「父親に似ると幸せになれるんだろ? お前もリオンも幸せになる素質があるんだから、もっと好き勝手にやればいいじゃねえか」



  最後に語気を強めてそう言うと、ライザは目を丸くして何度も瞬きした。

 俺にこんなことを言われるとは思わなかったのだろう。

 俺だって、こいつにこんなことを言うとは思わなかった。



 だが、もっと煙たがられると思ったのにライザは反論せず、フッと小さく笑った。



「……そうやって言って、リオンを連れ出したいだけだろ?」

「まあ、リオンの力は貸してほしいけどよ……」



 リオンに一緒に来てもらうことで百人馬力になることは間違いない。

 しかし、今の目的はセリナを助けることだ。



 ここにエルフがいることがわかったのだから最悪、風核針ウィンド・コア・ピンを使ってセリナをここに連れてくるか、役目が終わったらリオンをここまで送り届けるかすればいい。

 選択肢は最初よりずっと増えている。



「けど、あとはリオンが決めることだ。俺もお前もとやかく言う筋合いはないだろ」



 そう言うと、ライザは意外そうな顔をした。

 俺が無理矢理にでもリオンを連れて行くと思っていたのだろうか。流石に俺もそこまで悪魔ではないのだが。赤子の悪魔だけど。



「あ、でも勘違いするなよ。友達は助けてほしいからな。というか、魔王の配下を倒す手伝いをしたんだからそれくらいやってくれてもいいだろ?」

「……お前はほとんど何もやってないだろうが」

「何を言う。一応とどめ刺したじゃねえか。一応」

「一応な」



 顔をしかめる俺にライザは「やれやれ」と息を吐く。



「ところで……その友達って女か?」

「お、女だけど……それがなんだよ」



 突拍子もなく訊いてくるライザに突っかかる。

 しかし、そんな俺を見てライザは「ほう」とニヤリと笑う。



「なるほど……惚れた女だった訳か」

「ほ、惚れてなんかねえよ! ただの友達だ!」



 必死に否定してみるが、ライザは口元をニヤニヤさせるだけで何も言わなかった。

 多分、俺の必死さと火照った顔を見て色々と察したのだろう。

 それにしても、その全てを見透かしたような顔がムカつく。



 しかめ面でライザを睨んでいると、ライザは「わかったわかった」とわざとらしく俺をなだめさせた。



「だからこんなところまでエルフを探すような馬鹿なことをやってたって訳な」

「全然わかってねえし、馬鹿じゃねえよど畜生」



 と、反論してみるが、ライザは俺を見ておかしそうに笑うだけだった。

 そしてライザは空を仰ぎ長く息を吐くと、静かに口角を上げた。



「……いるよな、惚れた女のために馬鹿みたいな無茶をする奴……少なくとも、俺の親父がそうだった」



 そのどこか遠くを見つめる眼差しが、今まで見たライザの表情の中で一番穏やかで、俺は思わず目を瞠った。



 そんなやり取りの最中、暗闇の奥で何か物音が聞こえた気がした。



 振り向くと黒い小さな影と大きな影は二つ揺らめいている。

 しかし、俺もライザもその影に警戒はしなかった。影の正体は、他でもなく、寝巻姿のままのリオンと、彼を見守るアンジェだったからだ。

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