第103話 兄になった日の話
オリビアが来た日から、俺たちの生活は劇的に変化した。
まず、家具が増えた。
というのも、オリビアが生活に必要な家具を作ってくれたのだ。
ベッドすらない家だったから、これはとても助かった。
それと、食料の保存が効くようにと
聞けばこれはかなりの高級品で価値のあるものだというが、正直人間の暮らしのことはわからないから、何も考えずに釣った魚を入れていた。
生活は快適になったはいいが、他のエルフの目は冷たかった。
オリビアの力は認めているようで、オリビアの作った道具は遠慮なく使っていたが、彼女に話かける者はいなかった。
そして、そんな彼女と暮らしている俺たちも、誰も関わらなくなった。
俺たち一家は、完全に孤立していた。
当然だ。みんなからしてみれば、俺たちは人間を匿っているエルフの裏切り者なのだから。
しかし、元々親父も里の人からは厄介払いされていたし、俺もこのほうがやりやすかった。
ある日の昼下がり、リビングでくつろいでいるとオリビアが近づいてきた。
「これ、ライザ君にあげるね」
彼女から渡されたのは、今でも使っている
初めて見る銃にトリガーやら銃口やら色々弄っていると、ちょうど親父が自室からリビングに入ってきた。
「ラ、ラ、ラ、ライザ⁉︎ 何そんな物騒なものを持ってるの⁉︎」
「動揺しすきだろ……」
勢いよく身動ぎして退く親父に呆れていると、それを見ていたオリビアもおかしそうに笑った。
この中で慌てふためいているのは親父だけだった。
「オリビア! なんで銃なんて作っちゃったの⁉︎」
「だって、ライザ君の
「だからってライザにはまだ早いって! 怪我したら大変じゃん!」
「大丈夫よ。ライザ君ならすぐ扱えるだろうし、使い時もわかってくれるって。ねっ?」
親父の焦りに対しても、オリビアはケロっとしている。
しかも、いきなり話をこっちに振ってくるし。
それにそんなにニコッと笑われても、ちょっと困るんだが。
「……買いかぶりすぎだって」
頬を掻く俺に「照れない照れない」とオリビアが小突く。
こういう時、オリビアにどんなリアクションをすればいいかわからず、ついばつの悪い気分になる。
しかし、流石オリビアというか、彼女の読みは当たっており、俺はすんなりと
そのおかげで狩りができるようになり、我が家の食卓もたまに肉が出るようになった。親父の力だと到底できっこなかったから、これもオリビアの力の賜物だ。ほんの僅かでも、食糧の足しになった。
それにしても、オリビアは変な女だった。
相変わらず自分の力を横暴しないし、他のエルフに無視をされてもめげない。
弱音も吐かないし、こんな不自由な生活なのに文句ひとつこぼさない。
それどころか、まるで罪滅ぼしのようにエルフの者に無償で物を与える。
何より、彼女はいつも笑顔だった。
聖女というよりかは、太陽みたいな人だった。少なくとも、俺の家は彼女が来たことにより明るくなった。
そして母親がいない淋しさや悲しさというものを埋めてくれた。
母親が死んでから親父があんな穏やかな顔を見せるようになることなんてなかったし、オリビアだって弱々しくても心優しい親父に惹かれていることは子供ながらにわかっていた。
だから、遅かれ早かれオリビアと親父の間に子供ができることは粗方想像ができていたのだ。
――リオンを授かったことがわかったのは、オリビアが里に来てから一年あまり過ぎた頃だった。
「ジャンさん、ライザ君……あのね――」
そう言って、彼女は俺と親父がリビングでくつろいでいる時に静かに告げた。
本来なら喜ぶべきことなのに、親父は驚いたように目を見開いたあと、悲しそうに眉尻を下げた。
「そうかい……そうかい……」
俯いた親父は、肩を震わせながら何度も同じ言葉を呟いた。
泣き顔を見なくたって、彼が泣いているのはわかった。
その涙は子供ができたことによる嬉し涙なのだろうか。
ハーフエルフとして生まれる子供の苦難な運命に同情しているのだろうか。
それとも――この里に来てから骨が浮くくらい痩せて病弱になってしまったオリビアを見て嘆いているのだろうか。
オリビアの姿は、痛々しいくらい変わっていた。
それもそのはずだ。オリビアのおかげで発展はしているとはいえ、文明は全然追いついていない。
他のエルフはみんなで協力し合って暮らしているが、俺たちは自給自足。
どんなに小さな畑を耕そうが、何時間も釣りや狩りを行おうが、俺の家の食料は全然足りていない。
俺と親父はエルフだから、元々小食だし、高い魔力のおかげか何日飲み食いしなくたって死にはしない。
けれどもオリビアは人間。エルフが事足りる栄養素では人間ではほとんど足りていなかった。
ここまで弱っている体で、果たして彼女は出産になんて耐えられるのだろうか。誰しもが思っていただろう。そして、それくらいでオリビアが出産を諦めないということも。
「大丈夫……だって、私たちの子供だもの。元気で生まれてくれるよ」
オリビアはそう言って、小刻みに震える親父の肩を優しく抱きしめた。それが、彼女の覚悟だった。親父もその覚悟が痛いほどわかっているから、嗚咽をもたらしながらも自分の背中に回った彼女の手を強く握りしめた。
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