第102話 運命の糸は最初から

 唖然とする親父の横で、オリビアは机に置いてあった鉄仮面をまたかぶった。



「私なんかが長居しても悪いし、そろそろ行きますね」

「行くってどこへ?」

「うーん……自分の知らないところ、かな」



 なんとなしの会話をしているうちにオリビアの退散の準備は着々と進んでいた。彼女はまた旅に出るのだ――自分の「知的好奇心」に赴くままの。



「それでは、お邪魔しました」



 立ち去ろうとする彼女を俺はぽかんとしながら見つめていた。属性魔法通りの、本当に風のような人だ。いや、風ではないか。台風みたいだ。



「お、おう。じゃーなオリビ――」



 最後に別れを告げようと思った時、その言葉を遮るように親父が「あの!」と大きな声をあげた。

 普段、なよなよした親父からは考えられないほどの勢いのある声だった。

 俺もオリビアも驚いていると、親父の目は焦点を合わせられないほど凄い速さで泳いでいた。

 自分で彼女を引き留めておいて、緊張のあまりあたふたしている。いったい、この人は何をしたいのだろう。



 半目になって親父を見つめていると、やがて彼は意を決したようにオリビアに言い放った。



「も、もう少し……あなたの魔法の力を借りたいのですが……いかがですか?」

「え?」



 オリビアは目をパチクリさせながら素っ頓狂な声をあげる。

 親父にしては随分と大胆な言動だ。けれども彼の言いたいことはよくわかる。

創造者クリエイター】のオリビアの力を借りて家を直したり道具を作れば、この里は一気に発展して住みやすくなる。

 けれども、エルフのみんなが人間である彼女の力を借りることをどう思うだろうか。



 しかし、不安に思っているのは俺だけで、オリビアは二つ返事で了承した。



「私の力でよければ、喜んで」



 目を細めるオリビアに親父はホッと安堵の息を吐く。

 力を借りるにもまずは里の状況を把握しなければならない。

 ということで、俺たちは三人で里を巡ることにした。



「さあ、行きましょう」



 気合十分のオリビアだったが、彼女はわざと鉄仮面を外していた。



「なんでそれを外すんだよ。あぶねえだろ」



 周りに人間とバレたらそれこそ彼女の命が狙われ兼ねないのに、どうしてわざわざ自ら危険を冒しに行くのだろう。

 そう思っていたのに、彼女の肝は据わっていた。



「そんなコソコソしたらかえって怪しまれるじゃない。それに、自分を隠している人なんて信用されないじゃない?」

「でも、里の人に襲われるかもしれないじゃん。エルフが人間が嫌いだってこと知ってるだろ」

「その時はきっと守ってくれるでしょ? ねえ、ジャンさん」

「え、あ! はい!!」



 いきなりオリビアに話を振られ、親父は驚いて肩を竦み上げる。この調子だと、どっちが護られる立場かわからない。



「……俺、頑張るよ」



 ため息をつきながら頬を掻くと、オリビアは「あら、素敵」と笑った。その様子を見ながら、親父も「あはは……」と乾いた笑みを浮かべた。




 三人で里を巡っている間も、案の定というほど他のエルフの連中は彼女の姿に騒ぎ立てられた。

 当然、罵声を飛ばす輩もいれば、彼女を見て叫び声をあげて逃げ出す輩もいた。


 そんなエルフたちに彼女は詫びるようにお辞儀をし、そっと転がった手作り感満載のくわを手にした。



 目をつぶった彼女の手がぼんやりとオレンジ色に光る。すると、今の今まですぐにでも折れてしまいそうだった鍬が新品同様でしっかりとしたものに変化した。

 原理はどうでもいい。ただ、人間の彼女がエルフに力を貸したということが周りは信じられず、唖然としながらその光景を見ていた。



 視線と集めながらも、彼女は無言で作業をしていた。

 すでにある道具は先ほどの鍬のように強化をし、足りないものは【創造者クリエイター】の力で新たに作った。


 道具が新調されれば作業効率は格段に上がる。生活だってしやすくなる。

 そんな力を無償で与えられているというのに、里のみんなは誰ひとりオリビアに礼を言わなかった。

 それどころか、近づこうとすらしない。少しくらい感謝したっていいのに、この光景を見ているのはとてももどかしかった。



 ただ、親父だけは違っていた。



「ありがとうございます……ありがとうございます……」



 そう言って親父はくしゃっと顔を歪めて、まるで神様を崇めるように彼女に向けて深々と頭を下げた。



 そんな彼にオリビアは微笑みながらゆっくりと首を横に振った。そして放心状態のエルフたちとまだまだ荒れている里を一望し、小さく笑った。



「ねえ、ジャンさん……ライザ君……私、もう少しこの里にいていいですか?」

「――え?」



 その突然の請いに、俺も親父も、その場にいた他のエルフでさえも驚きで目を丸くした。

 だが、親父だけは照れたように顔を赤くさせ、嬉しそうに口角を上げていた。



 もしかしてこの時から二人はお互い惹かれ合っていたのかもしれないが、今となってはそれを知るすべはない。

 言えることは、これが全ての始まりだということ。

 親父とオリビアのほんの少しの幸せと、これからの苦難と。

 ただ俺は、運命の歯車が動き出すのを呆然としながら見ているだけだった。

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