第101話 創造者、オリビア
「『ザラクの森』を越えてみたかったんですよ」
「は? 『ザラクの森』を? なんでまた」
意外、というよりは馬鹿げた理由だった。人間の彼女が、しかもわざわざ危険を冒してまであの森を越えたいなんて、考えられない。
そう思っていたのに、彼女は笑う。
「知りたかったんだよ。自分の限界を。そして、見たことのない世界を」
「限界……世界……」
反芻するようにオリビアの言葉を繰り返す。
オリビアが言うには、言伝でも、書物でも、『ザラクの森』の奥の世界の記録はほぼと言っていいほど残っていないらしい。
その理由は明らかだし、明らかにしないことでのデメリットはない。
けれども彼女は、たった一人でここまで来た。誰も興味を示さない。
知らなくても何も困らないこの土地に、ただ、彼女自身の「知的好奇心」という理由だけで。
「……意味わかんね」
吐き捨てるように小さく呟くが、彼女は相変わらずニコニコしている。そんな彼女に、親父はさらに問いただす。
「けれども、どうやってここまで来れたのですか? あの森には例の毒霧があるでしょう?」
「ああ、あれですか? 吸わないようにしたんですよ」
「吸わないように……ですって?」
目をパチクリとさせながら、親父は眼鏡をクイッと上げる。
ケロッと当然のように言われたが、あの毒霧を吸わないように抜けるなんて、原理が理解できない。
いったい、何を言っているのだ彼女は。おそらく、親父もそう思っているだろう。
疑る眼差しをオリビアに向けていたが、彼女は得意気な様子で「これこれ」とかぶっていた鉄仮面を指差した。
「これらを改良したんですよ。
「さ、さっくりと……」
目を輝かせてマシンガンをぶっ放すように語る彼女に、流石の親父も少し退いていた。
しかも、自分たちがあそこまで苦労して抜けてきた森を「さっくりと」と表現してきたのだ。ちょっとへこんでいるようにも見える。
「でも、森を抜けられてよかったと思ってますよ。未知なる世界に足を踏み入れることができたし、こうしてあなたたちと出会えたのですから」
がっくりとうなだれる親父とは裏腹に、オリビアは満足そうだった。彼女の「知的好奇心」は満たされたということなのだろうか。
そんなことを話しているうちに、彼女が飯を食べ終えた。
あんな小量な質素な飯だったのに、彼女は満腹そうに腹を摩って、ホッとしたように息を吐いた。
「ご馳走様でした。おかげで助かりました」
深々とお辞儀をするオリビアに親父は「いやいや」とたじろぐ。確かに捕ってもらった魚を焼いただけだから、大したことはしていない。
それでも彼女は「いやいや」と首を振ってさらに頭を下げた。いったい、この大人たちは何をしているのだろう。
呆れたようにやり取りを眺めていると、やがてオリビアがすっくと立ち上がった。
「何かお礼をさせてください。私、なんでも作れますから」
頬を綻ばせたオリビアは、やる気満々にぐっと握り拳を作る。
しかし、「なんでも」と言われたところで、俺も親父もすぐには出てこなかった。
いかんせん、この里には足りないものが多すぎる。というか、何もなさすぎて何もでてこなかった。
二人して頭を悩ませていると、オリビアのほうから「そうだ!」と提案してきた。
「とりあえず、家を直してあげましょうか?」
「家を!? どうやって!?」
「勿論魔法で、ですよ。壁と床の修繕くらいならすぐにできます」
「す、すぐって……本当にそんなことができるのかよ」
「まあ、任せって」
驚く俺と、不審がる俺を差し置いて彼女はリビングの中心に立ち、目を閉じたまま「ふぅ」と深呼吸する。
次に彼女が目を開けた時、先ほどのような穏やかな表情は消えていた。初めて見せた彼女の真剣な表情に、俺も親父も、緊張でごくりと唾を呑んだ。
そして次の瞬間、彼女はパンッと手を叩いたあと、叩きつけるように自分の両手を床に置いた。
途端、彼女の両手がオレンジ色に輝き出す。その光に反応するように家の床も壁もぼんやりと光り一瞬にして壁や床を貼り替えた。というよりも、あれだけボロボロの木がまるで生命力を宿したように艶のある綺麗なものに生まれ変わったのだ。
「な、何をしたというのですか……」
劇的に綺麗になった床と壁に親父はあんぐりとさせながらもオリビアに問う。そんな彼とは裏腹に、彼女は軽々しく返答する。
「木造でしたからね。魔法で木に生命力を与えただけですよ」
「せ、生命力……」
もう、彼女の言っていることとやっていることに理解が追いついていなかった。ただ、ひとつ――彼女の
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