第100話 出会いは一瞬、そして一生
だが、たとえ腰の抜けた状態でも、親父は俺がピンチだと思ったのか
「そ、そ、そこの君! ライザから離れなさい!」
口ではそう言うものの、声と腕は震えていた。
というか、そのフライパンは武器のつもりかよ。それで全身鎧の人間に抗おうとしているのか。実の父親の無様な姿に呆れを通り越して泣けてくる。
「やれやれ」と思いながらうなだれるが、隣のオリビアは慌てふためいていた。
「そ、そんな怪しい者ではございません!」
そう言ってオリビアはつけていた鉄仮面を取り、しゃがみこんで親父と視線を合わせた。
「いや、その姿は十分怪しいだろ」
と、ツッコミを入れるが、親父はそれどころではなかった。
「えぇ! 女性!?」
驚きのあまり退こうとする親父だが、洗い場にぶつかって全然彼女から逃げられていない。
一方、オリビアのほうは落ち着きを取り戻していて、長い髪を耳にかけ、自ら耳を見せた。
「……人間?」
目を瞠る親父に、オリビアはクスリと笑う。
「私はオリビア。お名前をうかがっていいですか?」
「え、えっと……ジャン……です」
さっきの威勢はどこへ行ったのやら、親父は頬を赤めさせてたじたじになりながらも自己紹介した。
見つめ合う二人。戸惑う親父と、無邪気な笑顔を浮かべるオリビア。まるで二人だけの世界のようで、俺のことなんて忘れられているみたいだ。
深く息をついたその時、タイミング良くオリビアの腹の音が鳴った。しかも、誤魔化しが効かないほどの大きな音だ。
「えへへ」と照れ臭そうにするオリビアに親父はぽかんと口を開けた。
そんな親父に「察しろ」というように机に魚の入った箱を置くと、彼は恐る恐る立ち上がった。
「この魚……オリビアが捕ったんだ」
それだけ言うと、親父はオリビアに軽く会釈し、徐に箱を開けた。
「……みんなで、食べましょうか」
小恥ずかしそうに呟く親父に、オリビアは「喜んで」と目を細める。状況の呑み込みが早くて助かった。あとは親父に任せるとしよう。そう思って俺は食卓椅子に座ってだらんとだらけた。
「と、とりあえず座ってください」
親父はそうオリビアに促し、台所で釣った魚の調理を始める。
「すみません」とお辞儀をしたオリビアは静かに俺の隣の食卓椅子に座った。そして調理している親父に聞こえないようにこそっと耳打ちしてきた。
「ライザ君のお父さんって面白いね」
「悪かったな……騒がしい親父で……」
「ううん。とても優しそう。あとあと、ライザ君ってお父さん似だね。目元とかそっくり」
「勘弁してくれよ……」
彼女の感想につい顔をしかめる。親父に似ていることはよく言われるが、正直こんなひ弱な親父と似ていると言われてもあまり嬉しくはなかった。
今日だって家にいるのも、どうせ他の連中に「足手纏いだ」と言われて戻ってきたのだろう。あの怖気具合に細い体。多分、戦いならば俺のほうが強い。いや、ひょっとしたら力も女のほうが強いかもしれない。
親父の長所といえば多少治癒魔法が使えるくらいだ。他の現場だと役立たずだから、こうして家で待機しているのだろう。簡単に言えば戦力外通告だ。
けれどもオリビアは怪訝な顔になる俺を見ておかしそうに笑った。
「いいじゃない、お父さん似。子供はお父さんに似ると幸せになるって言われてるんだよ」
「なんだよそれ。初めて聞いた」
「私のところではそうなの。だから、喜んでいいんだよ」
そう言ってオリビアは俺の頭にポンッと手を置き、優しく撫でた。そうやって子供扱いされるのは面白くなかったが、不思議と彼女の手を避けようとは思わなかった。
そんなことしているうちに、親父が魚の調理を終えた。
「ど、どうぞ……」
親父がコトッと机に皿を置く。皿には焼いただけの魚と、もう片方の小さな皿には今朝のあまりの麦飯が置かれている。客人に出すとは思えないほどの簡素な飯だ。それでもオリビアはキラキラと目を輝かした。
「ありがとうございます! いただきます!」
オリビアはためらうことなく焼き魚を頬張る。たったこれだけの飯なのに、随分と美味しそうに食べるものだ。それほど食べられてなかったのだろうか。
「ほら、ライザも」
「お、おう」
親父が俺の分もご飯を置いたので、オリビアと一緒になって食べた。
変な感じだった。ここに来てから俺と親父の二人だけで食卓を囲んでいた。それなのに今は三人……しかも人間の女と食べている。俺の母親を殺した、人間の。
けれどもどうしてだろう。憎むべき相手なのに、彼女を見ても憎悪をまったく感じない。
むしろ一緒にいて心が穏やかになるような、奇妙な感覚に襲われる。
彼女はいったい何者なのだろう。彼女自身が何も警戒していないからだろうか。あれだけ強い
怪しむように彼女を見ていると、親父がおどおどしながらも彼女に尋ねた。
「あの……つかぬことをお聞きしますが……オリビアさんはどうしてこんなところに来てしまったんですか?」
まるで腫れ物に触るように尋ねる親父だが、そんなビビりまくりの彼とは正反対に、オリビアはあっけらかんと答えた。
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