第89話 緑の風の混血エルフ

「『風』!? あんなに治癒魔法使えるのに!?」



 度肝を抜いた。今、彼がアルジャーに当てた攻撃魔法はどう見たって竜巻系だ。



 俺は覚えている。同じ風属性のフーリが「竜巻系の攻撃魔法は魔力マジックパワーの消費が激しい」と言っていたことを。

 それを彼は詠唱破棄で唱えている。そういえば、治癒魔法も詠唱破棄していた。こいつ、どれだけ魔力マジックパワーが高いのだ。



 なになに? ハーフエルフで? 治癒魔法使えて? 攻撃魔法も使えて? 

 どんだけ万能なんだよ。言うならば攻撃も回復もできる『賢者タイプ』ってか。

 というか、こいつが一番勇者に近いわ。そしてやっぱり俺が断トツで弱いわ。



 しかし、当の本人は相変わらずあどけない表情で小首を傾げる。

 これは、彼自身自分の強さをわかっていないパターンだ。これまで孤独だったから比較対象がいなかったのだろう。



 つまり、彼のポテンシャルを知っているのは兄のライザだけ。こんなに落ち着いていられるのも当然だ。それくらい、リオンは強い。



 そうしている間に、リッチーヌが爪を立てて再びリオンを襲った。



「そりゃっ!」 



 気合いを入れた声でリオンはリッチーヌの前に細長い竜巻を出す。

 だが、同じ手は食らわなかった。

 リッチーヌはサイドステップで竜巻を避け、大きくジャンプしてリオンのほうに飛んで行った。



 再びくるりと回って瞬間移動しようとするリオンだったが、今度はリッチーヌのほうが速い。

 先ほどとタイミングがズレているが、果たして上手く避けられるのか――



 だが、そんな心配も必要なかった。

 奴はもう一人……アンジェの相手もしなければならないのだから。



「はっ!」



 闘魂を注入した声でアンジェがリッチーヌの腕を叩き切る。すると、切られたリッチーヌの腕からは鮮血が舞い、奴の短い断末魔が鳴り響いた。 



「もう……危ないわね」



 一息ついたアンジェは剣を振るってリッチーヌの血を振り払う。

 これでダメージは一発。冷静な判断で動けた鮮やかな一撃だ。



「まあ、上出来だろ」



 一連の動きを見ていたライザがニヤリと笑う。どうやらアンジェは期待通りの行動をしてくれたようだ。



 こんなに万能なリオンだが、パワー不足という大きな弱点がある。

 どんなに魔力が高いとはいえ彼はまだ子供。物理攻撃による力攻撃や素早い攻撃は彼には向いていない。



 その前に彼は丸腰だ。魔法が避けられたら、続けて撃つか、逃げるしか手はないのだ。

 けれども、それは【剣士ソードマン】であるアンジェが補ってくれる。



 魔法のリオン。物理攻撃のアンジェ。攻撃のバランスが上手く取れている良いコンビネーションだ。

 これなら、安心してリッチーヌの相手を頼める。



 ――問題は、俺たちのほうだ。



余所見よそみしてるんじゃないの!」



 アルジャーの声にハッと顔を上げると、彼は両腕を挙げながら高々とジャンプしていた。



 爪を掲げたアルジャーは重力に身を任せて俺の頭上に向けて振り下ろす。

 咄嗟にバトルフォークの柄で攻撃を防ぐと、「ガキンッ!」という激しい金属音が鳴った。



 金属に振動が伝わり、手がビリビリと痺れた。

 このパワーで直撃していたら多分首を持っていかれていただろう。想像すると冷や汗が出る。



「おぉ……これ喰らって武器を落とさないなんて、お兄ちゃんやるじゃん」



 軽い口調で褒めるアルジャーだったが、涼しい顔をしていた。



「褒められたって嬉しくねえんだよ!」



 勢いのままバトルフォークを縦に振るが、アルジャーは「おっと」と言いながら易々と避けた。

 けれども、浮かべた表情はしかめっ面で、どこか不服そうだ。



「お兄ちゃん、闘い慣れてないでしょ。その変な槍だって全然扱えてないし」



 口をへの字にしながらアルジャーは俺に言ってくる。これは俺に対する文句のようだ。



「うるせえなあ。テキトウじゃ悪いかよ」

「悪いっつうか……攻撃読みづらくて戦いにくいんだよね」



 そう言ってむくれたアルジャーはポリポリと頬を掻く仕種をする。そんな彼の横でライザが真顔で「うんうん」と頷く。



「めっちゃ同感だわ」

「てめぇは俺の味方じゃねえのかよ!!」



 敵に同調するライザに思わず声を荒げるが、ライザは「なんだよ……」とまた文句を垂らした。



「ど素人と組まされる俺の身にもなれよ」



 と言いながらも、ライザの構えた銃口は、しっかりアルジャーに向けられていた。

 ――次はライザのターンだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る