第88話 その風は誰のもの
嫌な予感したので、俺は力いっぱい振り払ってアルジャーを押し込んだ。
しかし、アルジャーは器用にバッグステップで俺の押し込みをかわした。力を受け流したおかげで、奴はバランスを崩すことなく、すぐに体勢を戻せた 。
至近距離を保ったまま、アルジャーは両腕を広げて大きく息を吸う。
膨れ上がった頬はゆでだこのように赤くなり、口の中から外炎が溢れていた。
こんなほぼゼロ距離なところで息なんて吐かれてたら、どう足掻いても直撃だ。
このままでは、丸焦げになってしまう。
「やっべ!」
一歩大きく後ろに下がったが、俺は十分奴の射程距離に入っていた。
焦る俺を見てアルジャーがほくそ笑む。どれもこれも悪足掻きだと言っているのだろう。
勿論、アルジャーは手加減しない。
ぷくっと頬を膨らませ曇り空を仰ぐ。このままアルジャーは、俺に向かって息を吐くのだ。
燃やされる――そう思ったその時だ。
彼が息を吐き出そうとする直前に、突然俺たちの前に竜巻のようなつむじ風が現れた。
風は竜巻の形を保ったままアルジャーのほうに流れ、風の刃が彼の体を傷つける。
これには彼もたまらず腕でガードし、口の中にため込んでいた火炎も一気に呑み込んだ。
「なんだなんだ!?」
突然の出来事にギョッとしながら、アルジャーはバク転して風から逃げる。
すると、風はまるで自分の役目を終えたかのように一瞬で消え去った。
何事もなかったかのように無風になる辺りに、俺もアルジャーも混乱のあまり動きが止まる。
アルジャーはさぞ驚いただろうが、俺も何が起こったかわからなかった。ただ、死を覚悟したせいで心臓だけがバクバクと高鳴っている。
そんな中、リオンだけが真剣な表情で俺のことを見つめていた。
しかも、アルジャーに向かって腕を突き出して。
「……だいじょぶ?」
拙い口調でリオンが心配そうに小首を傾げる。
その後ろでは愕然としたアンジェが言葉を失っていた。彼は、今の流れの一部始終を見ていたのだ。
そうなるともしかして、あの風は――
そう思った時、今度はリッチーヌがアンジェたちに牙を向けた。
身震いするような激しい咆哮をあげたリッチーヌは、大きな口を開けながらリオンに突っ込む。
「いけない!」
慌てて切っ先を向けたアンジェだが、リッチーヌのほうが機敏だった。
自動車のようなどでかい図体のくせにこいつも風を切るほど素早い。
これでは、リオンに直撃する。
「リオン!」
思わず声を荒げるが、リオンと、それを眺めていたライザはどこまでも冷静だった。
「えーいっ!」
可愛らしい声をあげながら、リオンはその場でくるっと回る。
そうすると、彼の周りにつむじ風が吹き、一瞬で姿を消した。
空ぶったリッチーヌの歯が「ガチンッ!」とぶつかる。
奴もこの間合いで食らいつけないとは思わなかったようで、クエスチョンマークを浮かべながら辺りを見回した。
一方、リオンはリッチーヌの数十メートル後ろに移動していた。
瞬間移動……というよりは、風が彼をここまで運んだように見えた。
「リオン……お前……」
唖然としながら彼を見るが、リオンは不思議そうにパチパチと何度も瞬きをしているだけだ。
敵も味方も、リオンの存在感に戸惑いを隠せないでいた。
ただ、全てを知るライザだけがこの場を見てニヤっと悪戯っぽく笑った。
「お前ら……俺がいつ、リオンが【
「……え?」
ライザの答えに、俺もアンジェも口を揃えて素っ頓狂な声をあげる。
そんなうろたえる俺たちをおかしそうに見ながら、ライザは得意気に告げた。
「リオンは【
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