第90話 魔法は苦手って言ってるじゃん

 無表情のまま、ライザは次々とアルジャーに向けて発砲していく。



 けれども、彼の弾丸をアルジャーは笑いながら飛んだり跳ねたりして避ける。アルジャーには弾の軌道が見えているようだ。



「やっぱり俺は、あんたのほうが戦いやすいや」

「そうかい、ありがとよ」



 楽しげに笑うアルジャーに、流石のライザの顔も引き攣っていた。

 これはライザの狙いが甘いのではない。アルジャーの動きが尋常じゃないのだ。



 確かに銃弾は銃口の向きとトリガーの動きに注意すれば避けられると漫画で読んだことがある。



 といってもこれは当然フィクションの話で普通の人間がそんなことができるはずがない。

 だが、ここは異世界で、相手は魔物。アルジャーはライザの「先の先の」動きを読んで戦っているのだ。



 弾が当たらないのなら、ライザも苦しいところだろう。やがて諦めたように俺に声をかけてきた。



「おいお前。氷属性ならなんか魔法出せねえのか」

「出せるけど、俺、魔法は全然得意じゃねえぞ」

「そんなもの、見ればわかる」



 ザクッと刺すように言うライザに思わずムッとする。けれども期待していないのにどうして俺に魔法なんて頼むのだろうか。



「辺りを凍らせとまでは言わない。草を濡らすだけでいい」

「そ、それくらいでいいなら……でも、何する気だ?」

「見ればわかる。いいから、さっさとやれ!」



 そう言ってライザはいきなり俺の前に立ちはだかって銃を高く掲げた。

 俺たちと話している間にアルジャーが火の息を吐こうとしているのだ。しかも、先ほどよりも口から赤い外炎が溢れ出ている。これはでかいのが来る。



 一方、ライザの銃口からは青い光が出ており、そこからシャボン玉のような丸い水を出していた。



 青い光が溢れると同時に、水の玉も見る見ると大きくなる。言わば「水の大砲」だ。これでアルジャーの火の息を迎え撃つというのか。



「ボーっとするんじゃねえ!」



 ライザに声を荒げられ、ハッとする。そうだ。後衛のライザがこうして前に出ているのは俺に魔法を打たせるため。

 俺もバトルフォークを持ち構え、力を込めるよう強く柄を握る。



 その瞬間、アルジャーが口の中に溜めていた火を一気に吐き出した。

 吐き出された火は真っすぐにライザのほうへと向かって飛んで行く。

 しかし、ライザもアルジャーが吐き出すと同時に水の大砲を彼に向かって撃ち放っていた。



 共に放射された火の息と水の大砲はぶつかり合い、彼らの中心点で弾き飛ぶように相殺そうさいされた。



「おー、やるねえ」



 アルジャーが八重歯を見せてにやりと笑う。

 しかし、そんな余裕綽々と笑っていられるのも今のうちだ。なんせ次は――俺のターン!



「ライザ! しゃがめ!!」



 突然大声をあげる俺にライザは億劫そうにこちらを見る。

 だが、バトルフォークを振りかぶろうとしている俺と目が合った途端、ライザはギョッとした様子で慌ててその場にしゃがんだ。 



「うおりゃぁぁ! 『冷たい風コルド・ウィンド』!」



 気合いの入った声と共に、バトルフォークを力強く薙ぎ払う。

 すると、フォークはライザの頭上スレスレを通り、面からあられのような氷の結晶が放出された。



 振り払う勢いに乗り、氷の結晶はライザを越え、アルジャーのほうまで飛んで行く。



「え!? 何これ!?」



 いきなり現れた霰にアルジャーは驚いて瞬時に顔面を腕でガードする。

 しかし、届いたと言っても攻撃力はほぼなく、ただ彼の腕周りと足元を濡らして終わった。

 それでも今までで一番上手くいったから良しとしよう。



 と、思っていたら、ライザが額に青筋を立てた表情で俺の胸倉を掴んだ。



「てめえ……危うく俺に当たるところだったじゃねえか……」

「いやー、悪い悪い。こうしないと威力が上がらないもんで」



「てへっ」と茶目っ気溢れる笑顔を向けながら頭を掻くが、ライザの鋭い眼差しは明らかに殺気を含んでいた。



 けれども、ライザは不機嫌そうでもすぐにパッと俺の胸倉を離し、トントンと銃で自分の肩を叩きながらゆっくりと振り向いた。



「まあ、いい……汚物にしては上出来だ」



 その何か企んだ上がった口元に、俺も、敵であるアルジャーも不思議そうに首をひねった。

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