第82話 よろしい、ならば戦闘だ
ドスの効いたライザの低い声に心臓がドクンと高鳴った。
張りつめていた空気が一気に凍りつく。それはこの場にいた誰もが感じ取ったことだろう。あの、幼いリオンでさえも。
「連れて行くなんて一言も言ってないわ。もっとも、これを機にあたしたちの仲間になってくれるのなら大歓迎なんだけど」
アンジェは口角を上げていたが、額には脂汗をかいていた。彼もまた、胸に迫りくるようなライザの気迫に押されているようだ。
「ふー……」
煙草の白い煙を吐き出したライザは、ポケットから出した革の携帯用灰皿に煙草を入れる。その沈黙がやたらと重々しく、俺の手のひらが汗ばんだ。
「仲間って……お前ら、何がしたいんだよ」
ライザの眉間にしわが寄る。相変わらず彼の心は穏やかではない。
ふと、アンジェの顔を見ると彼も俺にアイコンタクトを送っていた。
アンジェが小さく頷く。
リオンが不安そうな表情でこちらを見つめる。
ライザはしかめ面で俺たちの答えを待っている。
そんな彼に、意を決して俺は告げる。
「……魔王を、ぶっ飛ばす」
「魔王を? お前らが?」
一瞬拍子抜けしたような声をあげたライザだったが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
この酷い笑われようにムカッとしたが、拳を握ってグッと堪えた。
しかし、その笑い声もすぐに消える。
「ククッ……面白い奴らだぜ」
肩を揺らして笑ったライザは、俯いたまま深く息を吐き、徐に自分の太ももに手を伸ばした。
ライザの裾の長いチュニックがゆらりと揺れる。すると、彼の太ももについたレッグホルスターが姿を現した。
「ムギちゃん!」
「兄ちゃん!」
アンジェとリオンが焦った声で同時の俺たちの名前を呼ぶ。
だが、俺には何が起こったのかわからなかった。正確には何をされたか、ということに。
「……え?」
間抜けな声で頬に手を触れると、いつの間にか切れて血が流れていた。
手の甲で流れた血を拭きながらライザを見る。
彼は小型銃の銃口を俺に向けていた。いや、俺の頬が切れているということは、もう彼は発砲した後なのだろう。
だが、レッグホルスターに手を伸ばしてからの過程が全く目で追えなかった。それどころか、発砲音ですら鳴っていなかったはずだ。
混乱でうろたえていると、アンジェが剣の柄に手を添えながら、静かに告げた。
「……あなた、【
【
「お前ら……さっき、『何をしたら手を貸してくれるのか』って言ったよな。そんなまどろっこしいこと、お互い面倒だろ」
俺に銃口を向けたまま、ライザは悪魔のようににやりとほくそ笑む。
それだけで、彼が何をしたいのか十二分に伝わってしまった。
「――力づくで奪ってみろよ。その昔、お前ら人間がエルフにやったみたいにな」
ライザの瞳孔の開いた瞳に、俺もアンジェも息を呑んだ。
最初から俺たちに平和的な交渉なんて無理だった。ライザのこんなぎらついた殺気を浴びると、そう思うしかなかった。
「やっぱり……
アンジェも頬を引き攣らせながら、ゆっくりと鞘から剣を抜く。
「まあ、そうなるわな」
気になることは多々あるが、そんな悠長に構えてなんていられない。
諦めて俺も革のケースからバトルフォークを取り出し、柄を握って長さを伸ばす。
いきなり現れたフォーク型の槍にライザもリオンも面を食らってぽかんとしていたが、二人共何も言及してこなかった。
「兄ちゃん……」
今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、リオンがライザの名前を呼ぶ。
だが、当の本人は不敵な笑みを浮かべるだけで退こうとしない。
「リオン……何かあったら頼んだぞ」
ライザの言葉に悟ったのか、コクリと首を振ったリオンは避難するように俺たちから距離を取った。
「じゃあ……見せてもらおうか。人間様の実力って奴を」
血走った目でライザが破顔する。その笑みこそ、彼との戦いのゴングだった。
――戦闘、開始だ。
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