第81話 交渉なんて俺ができるとでも?

「ライザ……」



 噂をすれば影……とまとめたいところだが、そう上手く行かなさそうなことは彼の表情を見れば一目瞭然だった。



「お前ら、自分の立場をわかってるのか? さっさとここから出てけよ」



 抑揚のない低い声でライザは俺たちを威嚇する。

 しかし、ライザの鷹のような目つきで睨まれてもアンジェは落ち着いていた。



「長居してごめんなさいね。でも……あたしたちもまだ帰れないの。あなただって、あたしたちがただの旅人じゃないってことは気づいてるんでしょ?」



 淡々としているアンジェにライザは小さく舌打ちをする。下手したてに出ているとは思えないほどのアンジェの落ち着きがライザにはやりにくそうだ。



「……何が目的だ?」



 煙草は吸っているが、ライザは強張った怖い顔をしていた。答えによっては、いつでもキレそうである。



 どんよりとした曇り空に比例するような重苦しい空気だった。しかし、ここで切り出さなければ埒が明かない。



「友達を……助けてほしいんだ」



 正直に言うと、ライザは眉間にしわを寄せながら「友達?」と訊き返した。



 彼に食らいつくように俺は話を続ける。



「友達が瘴気の毒にやられて死にそうなんだ……だから、お前らエルフの力を貸してほしい」



 真剣な表情で彼に請うたが、ライザはいい顔をしなかった。



「俺たちが人間なんかを助けるとでも?」

「そうね……あなたたちが快く受けてくれるとはこっちも思ってないわ」



 腰に手を当てながら、アンジェは深く息をつく。



 そうこうしているうちにリオンがボールを持ってやってきた。だが、緊迫しているこの雰囲気に気圧けおされ、ボールを抱きしめたまま黙りこくった。



 お互い睨み合ったまま沈黙が流れる。そんな中、アンジェが先手を打ってライザに切り込んだ。



「……交渉をしたいの。この里のおさのところまで案内してくれる?」

「交渉だって?」

「ええ……『いったい何をしたらあたしたちに手を貸してくれるか』ってね」

「諦めるという選択肢はなさそうだな」

「あるとお思いで?」



 口角を上げながらアンジェは切れ長の目を微かに細める。

 彼の言う通りだ。なんのために命をかけて『ザラクの森』を抜けてきたのだ。それは、言葉を紡ぐまでもなくライザもわかっているはずだ。



「……厄介なカマ野郎だぜ」

「あら、えらく嫌われたものね。それとも、褒めてくれているのかしら」

「ちっ……本当にやりづれえな」



 油断も隙もないアンジェにライザは困惑したようにガシガシと頭を掻く。しかし、面倒臭くなったのか「ふー……」と疲れを吐息に変えて吐き出した。



「……おさは案内するまでもねえよ。この俺が、里のおさだ」

「はっ!?」



 突然のライザの告白に俺は驚愕した。

 おさというくらいだから長老のような爺さんか、百歩譲ってももっと年配の人がなるものだと思っていた。ライザなんて、どう見ても俺と同じくらいの年齢なのに。



 あんぐりとしていると、俺の言わんとしていることがライザにも通じてしまっていた。



「里を取りまとめるのに年齢なんて関係ねえよ。俺がこの里で一番強い。ただ、それだけのことだ」



 つんけんした口調でライザは言うが、アンジェは驚いた様子はなく、むしろ頷いて聞いていた。



「アンジェは気づいてたのか?」

「なんとなく。他のエルフの人の様子を見ていたらね」



 流し目でライザを見るアンジェだったが、ライザは逃げるように視線を逸らす。

 それでもアンジェは構うことなく「フフッ」と笑う。



「リオちゃんのために成り上がったんでしょう? 尊敬するわ」

「褒めたところでさっきのことを了承するとでも?」

「あら、手厳しい」



 アンジェは「お手上げ」というように軽く両手を挙げる。しかし、ここで簡単に退く彼ではない。



「リオちゃん以外で治療魔法を使える人は?」

「いないことはないが、それはどういう意図で訊いてるんだ?」

「希望の探索と、興味本位。ハーフエルフの彼ですらこの実力なのだから、純血なエルフならばどれほどの力があるのかと思って」



 アンジェの発言にライザの眉がピクリと動いた。「ハーフエルフ」という単語に反応したようだ。



 無言のままライザはリオンに顔を向けると。リオンは委縮するように持っていたボールをギュッと抱きしめる。

 そのリアクションでライザは色々察知できたようで吐息をはいた。



 ライザの煙草の灰が地面に落ちる。



「……安心しろ。治癒魔法に関してはこいつが里で一番だ」



 俺は無意識に目を瞠った。その一方で納得できる自分もいた。

 しかし、その回答が俺たちの目的の全てで、ライザは晒すように低い声で告げた。



「つまり……リオンを連れて行きたいってことか?」

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