第80話 特技と言うほどでも

「よっ、と」



 転がったボールにスピンをかけ、軸足に当てる。そこから軽くつま先で蹴るとボールが宙に浮いたので、そこからポン、ポンと足でボールを蹴った。



「……あら?」



 ボールを操る俺を見て、アンジェはリオンを抱いていた腕を解く。

 周りの異変に気づいたのか、リオンもアンジェの胸でうずくまっていた顔を上げた。



 交互にボールを蹴って軽くリフティングする俺をリオンが不思議そうな顔で見てくる。

 目は涙で濡れているが、泣いている様子はない。



「ほらよっと」



 リオンに見せつけるように高めにボールを上げ、それを避けるように足を回してまたぐ。

 アラウンド・ザ・ワールド。久しぶりにやったが、意外とできるものだ。



「まあ……お見事」



 綺麗に決まった回し技に、見ていたアンジェが感嘆の声をあげる。といっても、俺自身も成功したことにびっくりしている。



「凄いわムギちゃん。ピエロみたい」

「大袈裟だよ。昔、ちょっとサッカーやってただけで」



 軽く笑いながら浮いたボールを膝で蹴る。こんな程度のリフティングなんて、サッカーでは基本中の基本だ。



 だが、アンジェにリオンにも伝わっておらず、二人して「さっかー?」と首を傾げていた。

 それはそうだ。この世界にサッカーがない。すっかり忘れていた。



「えっと……まあ、ボールを蹴って遊ぶゲームだ」



 そう言って、浮いたボールを地面に落とし、弾まないように足で押さえる。



「お前もやるか?」



 リオンに言うと、彼は目をパチクリさせた。ここまで来ると、彼の涙をすっかり引っ込んでいた。



「……遊んでいいの?」



 恐る恐る訊いてくるリオンに、俺はニッと口角を上げる。



「当たり前だろ。俺と遊ぼうぜ」



 すると、リオンの表情はパァァと明るくなり、屈託のない笑顔で力強く頷いた。

 そんな彼の嬉しそうな表情を見たアンジェは、安心したように「ふぅ」と息をついた。



「ほら、行くぞ」



 ボールを足の内側で蹴ってリオンにパスする。

 ボールを追いかけるリオンは器用に足で押さえ、「えいっ!」と俺に向かってボールを蹴った。



 コロコロと転がったボールはゆっくりと俺のところにやってくる。パワーはないが、運動音痴ではなさそうだ。



「ほれ、もう一回」



 今度はさっきより強めに蹴ってみる。楽しそうにボールを追いかけるリオンの姿はまるで子犬のようだ。それもまた、あどけなくて可愛らしい。



「フフッ。すっかり機嫌治ったわね」



 そう言ってアンジェは横たわっている木に座って俺たちを見守る。

 彼の言う通り、これでリオンの気晴らしができたみたいだ。

 俺ができることと言ったら、こうして遊んでやるくらいだろう。上手くいってちょっとホッとした。



「やるわねムギちゃん。惚れ直したわ」

「いや、それほどでも……あと、頼むから惚れないでくれ」



 お褒めの言葉に照れそうになったが、聞き逃せない発言にすぐ現実引き戻される。

 けれども、当のアンジェは「ウフッ」と悪戯っぽく笑うだけだ。それが一番怖いというのに。



 そんな他愛のないやり取りの後、ボールで遊んでいるリオンに向け、アンジェが本題を問いかけた。



「ところで……あの治癒魔法ってリオちゃん以外の人もできるの?」



 俺にボールを蹴り返しながら、リオンは「うーん」と考える。



「わかんない。僕、他の人とほとんど話したことないし」

「そうだったわね……ごめんね、変なこと訊いて」

「ううん。でも、お父さんはできたって兄ちゃんが前に言ってたよ」



 なるほど、どうやらリオンの治癒魔法は父親の遺伝らしい。

 それと、その言い草だと逆にライザには扱えなさそうだ。まったく意外ではないが。



「やっぱり、ライザに訊かないと色々わかんねえか」



 頭を掻きながら、戻ってきたボールを再び蹴る。

 すると、強く蹴ってしまったせいかボールはポーンっとリオンの頭上を越え、彼の奥に飛んで行った。



「悪い!」



 すぐに謝るが、リオンは「だいじょーぶ!」とニコニコしながらボールを追いかける。



 アンジェは「あらあら」と笑っていたが、何かを察したのかその笑顔はすぐに消えた。



 途端に真面目な表情にになったアンジェは木から降り、顔を横に向ける。



「……お目当てのお方がいらっしゃったわ」



 その言葉に振り向くと、あいつが煙草をふかしながらゆっくりと近づいていた。



「お前ら……まだいたのか」



 現れたのは他でもない。ライザだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る