第70話 俺、覚醒

 からになった水核瓶ウォーター・コア・ボトルを握る手は、動揺で震えていた。



 このままではアンジェが死ぬ。アンジェが死ぬ。アンジェが死ぬ……

 そんな縁起でもない思考が脳内にずっと駆け巡る。



「くそ……なんで……」



 なんで、アンジェは俺なんかかばったのだ。

 俺なんて武器も、階級クラスも、何ひとつ恵まれていないのに。



 それ比べてアンジェは強くて、優しくて、みんなに慕われていて……。

 俺よりずっと勇者に相応しい人材ではないか。

 それなのに、なんで、こんな彼が死んでしまいそうなのだ。



 悔しさに下唇を噛んで俯いていると、アンジェの頬にぽたりと雫が落ちた。

 それが自分の涙だと気づいた時、アンジェが「フフッ」と力なく笑った。



「なんでって……言われてもねえ……」



 今にも消えそうな虫の息なのに、うっすらと開けたアンジェの目は笑っていた。



「だって……放っておけないじゃない……」



 ゆっくり、ゆっくりとアンジェが俺の頬に手を伸ばす。そして、そっと俺の目から流れた涙を拭くと、アンジェは小さく微笑んだ。



「ごめんねムギちゃん……あなたが無事で……よかっ……」



 それだけ告げたアンジェは再び目を閉じた。

 それと同時に、彼の腕が脱力したようにフッと落ちる。



「アンジェ? おい、アンジェ!」



 彼の名を呼んで体を揺らすが、反応はない。ただ口角は微かに上がっており、顔つきもどこか安らかだった。

 それは、まるで永遠の眠りについているようで――……。



 そう思ってしまった時、俺の頭の中は真っ白になっていた。



 眠るアンジェを呆然と見つめる中、ブルースピリットたちはまだ俺たちをあざ笑っていた。

 しかし、そんな不快な笑い声も俺の耳には届いていない



 ――許さない。



 動揺で震えていた拳は、いつしか怒りに変わっていた。

 アンジェを、仲間を、こんな目に遭わした奴らの何もかもが許せなかった。



 徐に立ち上がると、あれだけ騒がしく笑っていたブルースピリットたちがぴたりと止んだ。



 俺が何かしてくるとでも思ったのだろう。

 だが、俺の手にはバトルフォークはない。それが奴らは不思議でたまらないらしく、警戒するようにただその場で浮遊している。



 こんなに憤っているのに、俺自身はやけに冷静だった。

 いくら物理攻撃が効いたって、俺ひとりでこいつら全員を倒すには分が悪い。

 だから、物理攻撃はやめた。もっと確実な方法で、奴らの息の根を止めたい。



 だが、俺自身にその能力が足りているのか、その確証はまったくなかった。

 なんせ、今は俺のステータス情報を管理しているノアがいない。

 それに、正直ちゃんと発動するのかすらもわからなかった。



 それでも、俺がこの状況をひっくり返すにはこれ、、しかない。



 両腕を広げ、神経を集中させる。



「お前ら……覚悟しろよ……」



 涙に濡れた目でエレメントたちを睨みつけると、奴らが息を呑んだ気がした。



 辺りの空気が凍りついているのが自分でもわかった。

 俺の魔力が溢れ出しているのだろうか。広げた俺の両手から青色の光がぼんやりと光っていた。



 俺の異様な気配にエレメントたちがうろたえる。

 だが、もう泣いても喚いても無駄だ。



 イメージ? 情熱? 勢いノリ

 そんなこと、知ったこっちゃねえよ。

 ただ今は――こいつらを一匹残らずぶちのめしたい。



「……全員死にやがれ」



 怒りをぶつけるように奴らを鋭く睨みつける。

 そして最大限の魔力を込めて、俺は奴らに向かって両腕を振り払った。

 


「『集団即死魔法ディジリッド』」


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