第68話 フラグの回収が早すぎる

 俺の強さにブルースピリットもビビっているようで、わなわなと震えたまま襲ってこない。まったく、こいつらも最初の威勢はどこへ行ったのやら。



「俺たちに楯突いたことを後悔させてやるぜ……」

「……キャラ崩壊してるわよ」



「クックック……」と肩を揺らして笑う俺に、アンジェが半目になって言う。



「今ならどんなエレメント系でも勝てそうだぜ!」

「そう……それがフラグにならなきゃいいけど……」



 ため息をつきながらアンジェはゆっくりと立ち上がる。まだふらふらしているし、顔色も悪いから絶不調であることは変わらなさそうだ。



「まあ、ここは俺に任せておけよ!」



 グッと親指を立ててニッと歯を見せる。

 だが、その余裕な心が砕けるのは、ほんの一瞬だった。



 なんの前触れもなく、真冬のような冷たい突風が吹き荒れた。



 思わず手で顔を隠すが、突然のことで何が起こったのかわからなかった。

 ただ、これだけで全身が総毛立つほどの悪寒と胸騒ぎを感じた。これは、この冷風のせいではない。



 恐る恐る手のガードを解くと、俺たちの前で風がつむじを巻いていた。その風を見て残されたブルースピリットたちが嬉しそうに笑っている。



 何か、来る。

 嫌な予感に自然とバトルフォークを握る力が強くなり、無意識にごくりと唾を呑んだ。



 構えているうちにつむじの威力が増し、その中心から体長二メートルはある大きな影が現れた。



 影の正体は青いローブを身に纏った白い骸だった。しかも両手に生えている爪は鋭利で異様に長い。その隣には先程逃げたと思われるブルースピリットもいる。



「何こいつ……死神?」



 呟くと死神はくっきりと目玉を抜かれた両眼でこちらを見てきた。あまりの不気味な風貌に震えが止まらず、恐怖で数歩退いてしまった。



「やべえぞアンジェ……こいつ、顔がこえぇ」

「それだけで済めばいいけどね……」



 俺の声かけにアンジェが渇いた笑みを浮かべる。



「どうやら、こいつがこの森の主みたいよ」



 そう言ってアンジェはよろめきながらも剣を構える。



 あの逃げたブルースピリットがこいつを呼んだらしい。

 確かに「どんなエレメント系でも勝てるような気がする」とは言ったが、こんな親玉が現れるとは思わなかった。もう少しジャブ程度の敵が来てほしかったものだ。



 恐れおののいていると、死神は「ブンッ!」と両腕を大きく振るった。すると、両腕からかまいたちのような旋風が吹いた。



 二本の旋風が俺とアンジェそれぞれを襲う。二人共各々自分の武器で防ごうとするが、押し負けて武器が弾かれた。



 強い風に押され、俺もアンジェも地面に転がる。



「いって……」



 ぶつけた腕を摩りながら、蹲っていると、今度はぞくっと身震いするような冷気を感じた。



 慌てて体を起こし上げると、死神が両腕を天に掲げていた。その両腕からは具現化した冷気が渦巻いている。規模は比べ物にならないが、この感覚には身に憶えがあった。



「『冷たい風コルド・ウィンド』!?」



 奴の代わりに技名を告げると、それが合図のように渦巻いた冷気から無数の氷の刃が吹雪のように降ってきた。だが、こんな広範囲攻撃なんて避けられる訳がない。



 息を呑んでその場で動けずにいると、アンジェが炎を纏った剣を大きく薙ぎ払った。



 横に流れた火炎放射は炎の壁となり、氷の刃を防ぐ。

 だが、火力が小さく、全ての刃をカバーすることができず、そのまま俺たちを貫いた。



 咄嗟に腕で顔面を覆ったが、貫通した氷の刃が俺たちの腕や頬を切り裂く。

 顔を歪めながら切れた頬を手で拭う。だが、拭っても血は流れる一方で止まりそうもない。



「ごめん……思ったより食らわせちゃったわね……」



 アンジェが悔しそうに歯を食いしばってそう呟く。彼も今の攻撃で頬や腕を切っており、空いた片手で止血をしていた。



 逆に威力を弱めてこのダメージだ。アンジェが機転を利かせてくれなかったらどうなっていただろう。想像しただけでゾッとする。



「いや……むしろファインプレイだぜ」



 そう言って立ち上がり、バトルフォークを構える。



 それにしてもあれが本場の『冷たい風コルド・ウィンド』か。俺の技を見てノアが笑っていた理由がようやくわかった。あんなのと比べると、俺の魔法はカス同然だ。



 けれども、俺が攻めなければこの勝負は負ける。それに、俺も最初から魔法で勝負していない。



「おらぁ!」



 気合いに身を任せ、バトルフォークを掲げたまま死神に突っ込む。しかし、その動きも完全に奴に見破られており、俺の攻撃を両腕で防いできた。




 無理矢理押し込んでみようとするが、体格差のせいもあってか、奴はピクリとも動かなかった。

 そしてついには両腕を振るわれ、俺ごと吹っ飛ばした。



「ムギちゃん!」



 アンジェが声をあげた時には俺は再び地面に転がされていた。しかし、これは然程ダメージはなく、すぐに立ち上がることができた。



「くっそー……邪魔だなあの腕……」



 魔法もパワーも圧倒的。しかも相手のリーチは長い。これは攻撃を当てるのはかなり厳しそうだ。

 つまるところ、大ピンチである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る