第63話 決着、そして到着
「何!?」
犬の魔物が慌てて下を見たが、その頃にはすでにイノシシの魔物は濡れた草原のテリトリーに入っていた。
奴の嫌な予感は正しい。
あれ程のスピードを出しているのだ。想像通り、たった数歩草原に踏み入れただけでイノシシの魔物はつるっと足を滑らせた。
「はっはっは! 馬鹿め! 濡れた草は滑りやすいんだよ! 道民舐めんな!」
草原に転がるイノシシと犬の魔物たちに思わず高笑いする。
これで奴らの動きを完全に止めた。
あとは、相棒に託すだけである。
「ナイス、ムギちゃん」
語尾にハートがついたような明るいアンジェの口調に振り向くと、彼はすでに自分の剣を大きく掲げていた。
「特別に……最大火力で行くわよ」
ペロッと唇を舌なめずりしたアンジェだったが、途端に眼光が鋭くなる。
と、同時に両手で剣の柄を強く握ると、彼の剣は炎を纏ってメラメラと燃え上がった。
そんなことになっていることも知らずに犬の魔物は呑気に頭を擦りながら体を起こす。
だが、奴が殺気を感じた頃にはもうすでにアンジェの剣は思い切り振り落とされていた。
「ちょ、待っ――!」
何か言おうとしていた犬の魔物だったが、もう遅い。
アンジェが放った火炎放射はひっくり返って伸びたイノシシの魔物ごと奴らを焼き尽くした。
燃え行く炎の中で魔物たちは醜い断末魔をあげる。
黒く立ち上がる煙には例の紫色の靄も混ざっていた。
奴らが絶命した証拠だろう。
一発逆転に一撃必殺と言ったところだ。
「よ、容赦ねえ……」
目を丸くしたフーリが様子を見守るように徐々にセントリーヌのスピードを落としていく。
そうしているうちにやがてアンジェの炎も消え、草原には黒く焦げた跡だけが残った。恐らく、そこには奴らの
戦闘終了。俺たちの勝ちだ。
「お、終わった……」
この辛勝に俺もアンジェも崩れるようにひざまずいた。
「だ、大丈夫かお前ら」
フーリが心配そうに見つめるが、疲れただけで怪我はしていない。あれだけ矢を打たれて一本も当たらなかったのは奇跡と言えよう。
「お疲れ、アンジェ……」
「ムギちゃんもナイスファイト。でも、思ったより手こずっちゃったわね……」
額の汗を手で拭いながら、アンジェは苦笑する。
怪我はしなかったとはいえ、この苦戦具合は情けない。まだザラクの森にもたどり着いていないのに、こんな調子では先が思いやられる。
けれども、この戦いも何も悪いことばかりではなかった。
ふと先を見ると、馬車の進行方向から遥か遠くに生い茂った針葉樹が覗いていた。
「今のでめちゃくちゃスピードを上げたからな……予定よりだいぶ早まってるぜ」
低いトーンでフーリが呟く。
こんなに爽やかで過ごしやすい気候なのに、あの森の辺りだけ不吉な雰囲気を放っている。
説明がなくてもわかる。あれが「ザラクの森」だろう。
いざダンジョンを目の当たりにすると、途端に緊張してきた。それはアンジェも同じ気持ちのようで彼の表情も強張っている。
それでもセントリーヌの歩みは止まらない。そこから一時間もしないで森の入り口までたどり着いた。
昼間なのに霧のせいでこの森の中だけ数十メートル先も見えないくらい薄暗かった。
遠くでも感じていた奇怪な空気感だったが、ここまで近づくと別世界のようだ。「死霊の森」と呼ばれるだけはある。
あまりの
「ありがとフーリ。ちゃんと戻れそう?」
「まあな。けど多分移動魔法使ったらそれで
二人がそんな会話をしている間に、俺も意を決して馬車から降りる。
「フーリのおかげで助かったよ。セントリーヌもありがとな」
礼を言いながらセントリーヌの額を撫でると、彼女も嬉しそうに「ブルッ……」と喉を震わせた。
そんな俺たちを見て、フーリがふうっと息をつく。
「あとはお前らがセリナを助けてくれれば万事解決だな」
「フフッ……上手く行くことを祈ってて」
「ああ……でも、俺は信じてる。頼んだぜ、勇者さんたち」
そう言ってフーリはニッと口角を上げる。だが、その表情からは疲労が見えており、彼の体力に限界が近づいていることが伝わってしまった。
「……無理しないで。あなたも戻ったらゆっくり休んでちょうだい」
優しいアンジェの言葉に、フーリは「そうするわ」と力なく笑う。
「じゃーなお前ら。死ぬんじゃねえぞ」
最後にそう言葉を残したフーリは、残された
フーリが残した風が俺とアンジェの髪を静かに靡かせる。
その後ろでは鳥の魔物が鳴き声をあげてバサバサと森から羽ばたいていた。
恐る恐る振り返った先の看板にはしっかりと「ザラクの森」と書かれている。
しかし、その看板もボロボロで、余計に不気味さを引き立ていた。
だが、もう後には退けない。
「大丈夫? 足震えてるわよ?」
「む、武者震いだよ……」
強がってみるが、この震えが武者震いではないことは自分が一番よくわかっていた。
そんな俺を見て、アンジェは「そう」と言いながらもおかしそうに笑う。
だが、その笑みも彼が森に顔を向けた時には消えていた。
「……行きましょう。セリちゃんが待ってるわ」
「ああ……」
己を奮い立てながら、俺とアンジェはついに森の中へと足を踏み入れる。
そんな俺たちの背中を押すように、冷たい風はそっと森の奥へと流れて行った。
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