第62話 道産子の悪知恵

 こちらが攻撃をするとしたら奴が矢を構える時であろう。アンジェもその隙を逃しておらず、すぐに剣を振るって切っ先から炎を出した。



 けれども、イノシシの魔物がその行動を見切っていた。

 アンジェが炎を出す前に進行方向を変え、華麗に炎を避けたのだ。



「へえ……やるじゃない」



 口では褒めているが、彼の目は笑っていなかった。あのイノシシの魔物もただ猪突猛進している訳ではないらしい。



 そうしている間に今度は犬の魔物のほうがアンジェに狙いを定めていた。

 放たれた矢はまっすぐアンジェのほうに向かって飛んで行く。



 奴の手がからになった、今がチャンスだ。修行の成果を見せてやる。



「『冷たい風コルド・ウィンド』!」



 気合いを入れた声と共にバトルフォークを振るうと、フォークの面からだまになった雪が出てきた。



 しかし、放出された雪は犬の魔物にもイノシシの魔物にも当たることなく、ただキラキラと風に流れて消えていく……



「意味ねぇぇぇええ!!」



 頭を抱えて思わず叫ぶと、アンジェとフーリが頬を引き攣らせていた。




 というかこんな猛スピードで移動している馬車の中で雪を放ったらこうなるに決まっている。ただでさえ普段は目つぶしにしかならない魔法なのに、それすら役に立たないと言うのか。



 しかも俺の無意味な行動に犬の魔物はケラケラと腹を抱えて笑っている。確かに不甲斐ないが、いざ笑われるとムカつく。



「あんにゃろー……」



 悔しさと苛立ちで眉間にしわを寄せる。

 だが、こうなると残された攻撃方法といえばこのフォークをぶん投げるくらいか。



 しかし、いくら手元に戻ってくるにしても、その間は奴の攻撃を防ぐことができない。そこで矢を放たれたらそのまま射られて死亡ゲームオーバーだろう。



 俺もアンジェも、得意なのは接近戦だ。それが封じられているとなると……どうしたものか。

 荷台の壁板を盾に体を縮こませ、ひとまず作戦を考える。



 フィールドは狭い馬車にどこまでも広がる草原。

 使用可能な魔法はアンジェの火炎放射魔法と俺の雪――だが、現状は攻撃の手立てとしては使えてない。



 だめだ。俺の手札がクソすぎる。

 てか、属性魔法が氷の時点でアンジェと相性悪いじゃん。あれ? もしかして気づくの遅すぎ?



「くっそー……せめてイノシシだけでも止められればな……」



 ひょこっと壁板から顔を出して辺りを見回す。

 しかし、どこまでも草原が広がるだけで、盾になりそうなものすらない。



 変わった光景といえば一部の草に水滴がついて太陽光できらめいているくらいだ。あれは先ほど俺が出した雪が付着したのだろう。

 といっても、あんなところを水で濡らしたって……



 水で、濡らしたって?



 ――反芻するように胸内で繰り返すと、行き詰った思考にあるひらめきがかすった気がした。



 しかし、こんな直感的に浮かんだアイデアで事が上手く運ぶだろうか。ただ、あの魔物は少なくとも俺のことは見くびっている。やってみる価値はあるか?



 ごくりと生唾を呑み、わずかな可能性にかけてそっとフーリに尋ねてみる。



「なあ、この馬車ってまだスピード出せるか?」

「ああ? 魔法を使えば初めのスピードくらいかっ飛ばせるが……俺の今の魔力じゃあまり持たねえぞ?」

「でも、あいつと距離を離すくらいならできる?」

「まあ……多分、それくらいなら」



 フーリの返答に「よし」と頷く。その様子をアンジェは不思議そうに見つめている。



「どうしたの?」

「ん?……まあ、作戦会議かな」



 そう言ってバトルフォークを握り直しながら、荷台の後部に着く。



「一気にスピード上げてもらうけど、アンジェはすぐに攻撃できるようにしておいてくれ」

「いいけど……いったい何をするっていうの?」



 訝しい表情を浮かべる彼から不安を感じる。

 そんな彼に、俺は乾いた笑みを浮かばせながらさらりと告げた。



「一回限りの……騙し討ちだよ」



 縁から顔を出して魔物の行動を確認する。

 イノシシの魔物の進行方向は直進。犬の魔物は今にも矢を放ちそうなほど、目を光らせていた。



 そうしている間に、フーリとセントリーヌの準備が整ったようだ。



「いつでも行けるぜ」

「オーケー。んじゃ、さっそく頼むわ」

「了解……!」 



 フーリが手綱を引くと、セントリーヌが「ブルルッ!」と力強く鳴いた。

 その途端、飛び上がりそうなほど荷台が揺れ、馬車は爆発的に加速した。



 これには魔物たちも驚き、一瞬奴が弓を下ろした。

 その隙に馬車は電光石火の勢いで魔物と距離を開けていく。



 次は俺の番だ。

 バトルフォークを強く握り、深呼吸をして手のひらに魔力マジックパワーを溜める。

 そしてそのままバトルフォークを天に掲げ、高らかに吠えた。



「おらぁぁぁ! 『冷たい風コルド・ウィンド』!!」



 掛け声と共にフォークの面から大粒の雪が勢い良く放出される。

 だが、少し面を傾けていたとはいえ、その雪は先ほどと同様に風に流され、魔物たちの手前の草を濡らして終わった。



「どこを見てるんだよ! 全然当たってないじゃないか!」



 これには魔物も肩を揺らして笑った。しかし、俺の狙いは別に奴らではない。



「……どこを見てるかって?」



 案の定、奴らは雪で濡れた草原のことなんて気にせずに突っ込んできた――俺の術中にはまっていることなんで知らずに。

 そんな奴らに向け、俺はほくそ笑みながら言い放った。



「……お前らがすっ転ぶ未来だよ」

 

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