第61話 遠距離攻撃ってずるいよな

「……なんだあれ?」



 眉をひそめて凝視しているうちに、どんどん接近するそいつらの姿を捉えることができた。魔物だ。イノシシの魔物にまたがった二足歩行の犬みたいな魔物がこちらに向かってきている。



「やべえフーリ! なんか来た!!」

「ああ? なんだよなんかって……うお!」



 振り向いたフーリがワンテンポ遅れて声をあげる。その頃にはイノシシの魔物の速力で舞う砂埃までしっかりと見える程近づいていた。



 一方、犬みたいな魔物はニタニタと笑いながら弓矢を構え始めた。

 狙いは、どう見ても俺たちである。



「とにかくスピード上げるぞ!」



 フーリの一声でセントリーヌが「ヒヒン!」と力強く鳴いた。それを合図に馬車の速度は一気に上がり、荷台がその勢いで跳ね上がった。



 だが、犬の魔物は弓を下げようとしない。このまま俺たちに向けて矢を放つつもりのようだ。



「ムギちゃん! 頭下げて!」



 アンジェの言葉に慌てて頭を下げると、矢は俺の頭上を飛び、荷台の壁に刺さった。

 あのまま頭を下げていなかったら、矢はそのまま俺の頭部に刺さっていただろう。想像しただけでもぞっとする。



 そうしているうちに魔物たちは俺たちの距離をさらに縮めていた。



 荷台からちらっと顔を出すと、肩を揺らしながら笑う犬の魔物と目があった。

 その腕には赤い花のような模様が刻まれている。紛れもなく魔王の紋章だ。



 アンジェも魔物の正体に気づいたようで、すでに目つきが鋭くなっていた。だが、剣は構えるものの、あいつが鏃をこちらに向けているせいで迂闊に頭をあげられない。



「この先には行かせねえよ」



 縁から少しだけ顔を出すと、相変わらず犬の魔物はニタニタと笑っていた。

 セリフと風貌は三下なのに、こちらは手も足も出ないのがもどかしい。



「どうする、アンジェ」

「どうするもこうするも、やるっきゃないでしょ」



 そう言ってアンジェはその場ですっくと立ち上がった。これでは文字通り、格好の的である。



「馬鹿め!」



 案の定、犬の魔物はアンジェに向かって矢を放つ。しかし、その瞬間に剣を構えたアンジェの目がカッと見開いた。



「燃えなさい!」



 彼が剣を振るうと、切っ先から炎が出た。放射された炎は放たれた矢ごと燃やし、最終的には剣で振り落としていた。



「ちっ」



 矢を落とされ、魔物が舌打ちをする。

 間一髪で矢は避けられた。ただ、この距離で炎の攻撃をされると俺も熱い。

 しかし、そんなことも言っていられないので俺もバトルフォークを握って構えた。



「おっしゃ! やってやるぜ!」



 気合いを入れて臨戦態勢を整えるが、今度は矢を三本も構えていた。連射する気である。

 これは、ちょっとやばいかも。

 そう思っている間に、魔物は矢を放った。



 一本はアンジェに。これは華麗に彼が振り落とした。

 もう一本は俺に飛んできたが、即座にしゃがんで矢を避ける。

 だが、もう一本の矢は――運転しているフーリに飛んでいた。



「あぶねえフーリ!」



 けれども、フーリのほうに飛んだ矢は突然現れた小さな渦巻のような風に弾かれてどこかへ飛んだ。



「うへー、こいつは怖えな」



 フーリが引き攣った笑みを浮かべながら額の汗を腕で拭いた。あの小さい渦巻のような風は彼の魔法だったようだ。あれが先ほど話していた「風の盾」なのだろう。



「自分の身とセントリーヌはなんとか守り抜く! あとは頼んだ!」



 フーリが吠えて手綱を引くと、セントリーヌはさらにスピードを上げた。

 彼女が走るたびに荷台は揺れる。



 しかし、この揺れでもなんとかその場で立つことができた。フーリが俺たちのバランスを見て速さを調節しているようだ。



 けれども、スピードを上げたところで魔物の攻撃は止まらなかった。

 矢を放たれては打ち落とし、放たれては避けるのくり返し。防御ばかりで一方に攻撃ができないでいた。



「もう! ムカつくわね!」



 イライラしたアンジェが剣を構え、魔物に向かって炎を放射した。

 だが、その炎はイノシシの魔物が見切り、見事に避けられた。彼の炎は一直線上にしか放射されないから、軌道が読みやすいようだ。



 悔しそうに顔を歪めるアンジェに今度は犬の魔物が攻撃を仕かけてきた。完全に隙を突かれた。

 剣を振り下ろしていたこの間合いでは、アンジェは矢を振り落とすことができない。



「アンジェ!」



 矢が放たれた途端、俺は思わず持っていたフォークの面を盾にするようにアンジェに向ける。すると、矢はフォークの面に当たり、「カンッ!」と音を立ててその場で落ちた。



「あ、あぶねえ……」



 転がる矢を見て肝を冷やす。これは自分でもファインプレイだと思う。



「ごめんねムギちゃん。ありがと!」



 アンジェも礼を言うが、表情は苦しそうだった。

 一方、魔物のほうは余裕そうにニタニタと笑っている。この調子だと、数を打てば当たると思っているのだろう。まったくもってその通りである。

 この勝負、かなり分が悪い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る