第60話 最早ただの騎乗兵《ライダー》

「っしゃ! 行くぜ!!」



 フーリが掛け声と共に手綱を引くと、セントリーヌが「ヒヒーン!」と高らかに前足を上げた。

 すると、セントリーヌについた蹄鉄が黄緑色に光り輝いた。



「な、なんだ?」



 驚くのも束の間、セントリーヌが地面を思い切り蹴ると、荷台がガクンと大きく揺れた。

 セントリーヌが走り出したのだ。

 しかも助走もなしで初めからエンジンフルスロットルでぶっ飛ばしている。



 これが本当に荷台を引いている馬のスピードなのだろうか。

 体感は普通自動車に乗っているくらい速いスピードだ。



 しかし、無蓋な荷台といってもオープンカーと同等ではない。顔面に風は当たりまくるし、荷台の作りが簡易すぎてめちゃくちゃ揺れる。

 これでは森にたどり着く前に尻が三つに割れてしまう。



「待て待て待て!!」



 振動で浮く体を必死に押さえながら、叫ぶような声でフーリに訴えるが、彼はとても不思議そうな顔を浮かべていた。



「どうした? 急いでるんだろ?」

「急いでるけど速すぎるわ! もう少し手加減しろよ!!」



 こんな速さで走られたら体がいくつあっても持たん。

 だが、フーリは「なんだよー……」とつまらなさそうに不貞腐れる。



「せっかく思い切り走れると思ったんだけどな」

「まあ、そんなこと言わないであげて。ムギちゃん、馬車に慣れてないようだし」

「それもそうだ……セントリーヌ。もう少しスピード落としていいぞ」



 そう言ってフーリが手綱を引くと、セントリーヌのスピードが徐々に下がっていった。



 スピードは落ちたとはいえ、先ほどのような何バウンドもするような揺れでもないし、強風で呼吸が苦しいなんてこともない。乗り心地は愕然と良くなった。



「し、死ぬかと思った……」



 荷台の縁を握りながらがっくりとうなだれる。

 三半規管が衰えていたら、今の揺れで酔って吐いていただろう。危うく俺の尊厳が死ぬところだった。



「あらあら、大丈夫?」



 アンジェが優しく背中をさすってくれるが、彼だって俺と同じダメージを受けているはずだ。それなのに顔色ひとつ変えず、涼しい表情をしている。



「ごめんねえ。フーリってば運転荒いのよ」

「荒いってどころじゃねえよ……てか、なんでそんなに余裕なんすかアンジェさん……」

「あたしは慣れてるから」



 フフッとアンジェが笑う。

 あの運転に慣れているとか、流石アンジェだ。あんなのに慣れるまで乗りたくないけど。



「ところでさっきなんでセントリーヌの足が光ってたんだ? あれも魔法?」



 だらんと荷台の背に持たれながら尋ねると、フーリが運転しながら答えてくれた。



「セントリーヌの蹄鉄に風核ウィンド・コアがついてるんだ。それで、俺の魔法でスピードをあげてやった訳」

「あー、さっきの黄緑色の光ってそれか」



 確かフーリの属性魔法は「風」と言っていた。風属性の魔法は風核針ウィンド・コア・ピンでしか見たことがなかったので、新鮮に感じた。



「ああやってセントリーヌのスピードを上げて目的地までちゃっちゃといけば、帰りは移動魔法を使って馬車ごと戻ってくる。資材調達には打ってつけな魔法なんだよな」



 なるほど。彼が俺たちを森まで送り届けると言えた理由も、ミドリーさんが彼にその役目を託した理由もよくわかる。移動に特化した便利な属性だ。



「風属性ってことは、攻撃魔法は竜巻系か?」



 興味本位で訊いてみると、フーリは笑いながら「無理無理」と手を横に振る。



「そんな魔力マジックパワーの消費が多いのなんて使えねえよ。俺が使えるのは移動魔法とさっきみたいな素早さ向上魔法……あとはちよっとした風の盾くらいさ。完全に補助型なんだよ」



 だから、戦闘には向いていない。

 最後にそう付け足して、彼は視線を落とした。地図で道を確認しているらしい。



「森にはどれくらいで着きそう?」

「そうだな……このペースで行っても二時間かからないだろ。それまで休んでな」



 アンジェの問いにフーリがそう返したので、俺は遠慮なくだらけさせてもらった。



 ぼんやりと空を見上げる。雲ひとつないいい天気だ。感じる風も気持ちがいいし、乗り心地にも慣れてきた。



 束の間の休息と言ったところか。

 今は英気を養っておこう。

 ――そう思っていたのに、神はどこまでも俺たちに意地悪だった。



「ねえ、見て」



 突然アンジェが声をかけてきたので、俺はだらけていた姿勢を正した。



「あれ……何かしら」



 そう言ってアンジェは目を凝らしながら後方を見つめる。

 俺も彼と同じ方向に目をやってみると、確かに何かがこちらまで近づいていた。

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