第59話 街を出たら本気出す

◆ ◆ ◆


 すぐに出発したいところだったが、フーリの準備が整うまで俺たちは教会の前で待機していた。



 治療を終えたモネさんからは「餞別に」とクーラの水と彼女が調薬した回復薬をいただいた。

 しばらくは街に戻れないだろうから、この辺りは節約しないとすぐにゲームオーバーになるだろう。



「気合い入れていかないとな」



 腕を伸ばしてストレッチしていると、アンジェが「そうね」と短く返した。

 しかし、先ほどから彼の顔が浮かばない。彼も緊張しているのだろうか。



 不思議がっていると、やがて向こう側から馬の足音が聞こえてきた。フーリだ。



「待たせたな」



 そう言った彼は馬の手綱を引き、ちょうど俺たちの前で馬車を停めた。



「おお……すげー……」



 立派なたてがみを揺らす大きな黒い馬と初めて見る馬車に感嘆の声が出る。

 なお、荷台のほうは簡易的で、シートのような覆うものがない無蓋むがい馬車だった。乗れるのもせいぜい大人が三人までだろう。馬とのギャップが凄い。



「悪いな。うちで空いているのがこれしかなかった」

「うちって……それ、フーリさんの家の馬車なんすか?」

「ああ。俺の家系は商人だからな。これを使って転々と移動しながら商売していたんだよ。ちなみにこいつはセントリーヌ。俺の愛馬だ」



 セントリーヌと呼ばれた馬は返事をするように「ブルッ……」と小さく鳴いた。というか、メスだったんだなこいつ。凛々しい顔をしているからてっきりオスだと思っていた。



「頼むわね、センちゃん」



 アンジェは優しくセントリーヌを撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。



 セントリーヌに挨拶をし終えると、アンジェは荷台の縁に手を伸ばして軽々と乗り込んだ。

 無論、俺にはそんな身軽さも運動神経もないので、乗る時はアンジェに手を伸ばしてもらった。



 恰好悪いなんて言うのでない。ヒーロー性なんて、手前の二ページに置いてきた。



 そんなメタいことはさておき、いよいよ出発だ。



「んじゃ、行ってくるっすわ」

「ああ。頼んだぞ」

「気をつけてね」



 グッと親指を立てるミドリーさんと心配そうに見守るシスターに手を掲げる。それを合図にフーリも手綱を引いてセントリーヌを走らせた。



 走らせるというが、セントリーヌの歩みはゆっくりだった。

 よく考えれば当たり前だ。馬一体に対し、成人男性三人と荷台を引いているのだ。そんなに早く走れることはない。

 それなのに、どうして「移動は馬車で」と彼らは言ったのだろう。



「なあ……これ、大丈夫なのか? このペースだと日ぃ暮れね?」



 心配して聞いてみると、アンジェは「大丈夫よ」とウインクした。



「こんな街中であまり早く走ると危ないでしょ?」

「街を出たら本気出す、、、、から、今はちょっと待っててくれよ」

「そ、そうっすか……」



 アンジェとフーリにそう諭されたので、納得するように頷いてみる。しかし、『本気を出す』という言葉に一抹の不安を感じるのはなぜだろうか。



 そんな俺をよそに、アンジェはフーリに近づいて彼に話かけた。



「それにしても、あなたが手伝ってくれて助かったわ」

「といっても、これくらいしかできないがな。本当に頼むぜ、アンジェ」

「ええ。やるだけのことはやってみるわ」



 そうして会話する二人は親しげに見える。アンジェとフーリは年も近そうだし、元々友達だったのだろうか。



「なあ、アンジェとフーリさんって……」

「フーリでいいよ。それに、その変な敬語使うのも疲れるだろ?」

「あ、んじゃ遠慮なく……んで、二人共昔馴染みなのか?」



 なんとなしに尋ねると、アンジェが「そうねえ」と人差し指をあごに当てながら小首を傾げた。



「昔馴染みといえば、昔馴染みかしら。親同士が知り合いだったのよ」

「俺の親が商人で、アンジェの親が【農家ファーマー】だからな。うちがたまにアンジェの家の野菜を買ってたんだ。年も近いし、子供の時は親の商談が終わるまで一緒に遊んでたってこと」



 それがここ数ヶ月で魔物も狂暴化し、移動して商売するのも難しくなったから家族でこの街に移住することになったらしい。



 それで階級クラスが【錬金術師アルケミスト】だったフーリはそのままギルドで働くことになったということのようだ。



「再会した時は本当にびっくりしたんだから。こんないい男になっちゃって、このこの」



 アンジェはフーリが振り返れないことをいいことに彼の背中をツンツンと指で突いた。



「俺も……お前がここまで女っぽくなっててびっくりしたよ……主に仕種と口調」



 そんな彼に向け、フーリは「はは……」と苦笑している。

 そしてアンジェが俺以外の男にも女子力の高いちょっかいを出していたことに心底安堵した。



 ちなみにアンジェが「フーリ」と呼び捨てにしているのは「頼むからちゃん付けしないでくれ」と頭を下げたかららしい。俺もそうすればよかったぜ。



 そんな他愛ない話をしているうちに、ようやく街を出た。



 街を出ればいつものだだっ広い草原が広がっている。

 噂によると『ザラクの森』はここからさらに道を行くらしいが、地図はフーリが持っていた。



「どう? 行けそう?」

「流石に死霊の森の近くは初めていくが……まあ、なんとかなるだろ」



 軽々しい口調でアンジェに告げたフーリは地図をしまい、しっかりと手綱を持った。いよいよ森に向かうのだ。



「……ちゃんと捕まってろよ」



 そう言ってフーリは俺のほうを見てニヤリと笑う。

 その笑みがなんだか恐ろしくて、俺の背筋にぞくっと悪寒が走った。

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