第57話 勇者の品格

 その発言に二人は同時に目を見開いた。



「何馬鹿なことを言っているのよ!」



 血相を変えたアンジェが俺の両肩を掴んで止めに入る。

 いつも温厚な彼からは考えられない程の荒声で、切れ長の目も血走っていた。



「あんた、エルフがどこにいるかわかって言ってるの?」



 アンジェの両手に力が籠り、俺の肩に痛みが走る。力尽くでも俺を止めるつもりだろう。

 だが、奴らがどこにいようが、俺には関係がない。



「いいよどこでも。地の果てまでも探しに行ってやる」



 アンジェを睨みつけ、掴んできた彼の両手を無理矢理取り払う。こんなに頑なにしているのに、アンジェもアンジェで退かなかった。



「だって、『ザラクの森』を抜けなきゃいけないのよ!? 生半可な気持ちで行ける訳ないでしょ!?」



 『ザラクの森』

 初めて聞く地名だ。だが、この森こそがアンジェがここまで俺を止める理由なのである。

 それを説明してくれたのはミドリーさんのほうだった。



「別名・死霊の森。エレメント系の魔物の住処すみかでな、瘴気とまでは行かないが、それに近いいんの気が森中に溜まってるんだ。毒とは言わないが、普通の人間はまず近づかん。だが、エルフはその森の奥に住んでいると言われている」

「言われている?」



 気になるミドリーさんの言葉に思わず突っかかる。



「そこまでわかっているのに確定じゃないんすか?」

「言っただろ。普通の人間はまず近づかない。つまり、抜けた者がいないと言っても過言ではないのだ。ただ、そういう伝承が残ってるだけでな」

「つまり、人里離れて暮らしてるってことか」



 RPGなんかでもエルフは人嫌いの設定は多いがどうやらここでもそのようだ。いったい、この世界の人間はそんな高等種族に何をやらかしたのだ。恨むぞこの野郎。



 だが、これでアンジェが俺を止める理由がわかった。

 最難関クラスのダンジョン。それを抜けたとしても確証の持てないエルフの居所。確かに無茶苦茶なことをやろうとしているのはわかる。

 しかし、難関なのは何もダンジョンだけではなかった。



「百歩譲って森を突破してその先にエルフがいたとしよう。だが、そんな何十年も人間と接していないエルフがそう易々と我々に力を貸してくれるとは思えん」



 ミドリーさんはそう言って腕を組み、深いため息をついた。

 彼の言うことは一理ある。いや、むしろ正しい。

 最難関なのはダンジョンではない。エルフをここまで連れてきて、セリナの治療をさせることが難しいのだ。



 だが、それがなんだって言うのだ。



「……そんなこと、知ったこっちゃねえよ」



 この世界の人間がどうとか、エルフがどうとか、俺には関係ない。

 なんせ俺は転生人。この世界の人間じゃない。



「あんたらがどんなに正論を並べても『はい、そうですか』って諦められる問題じゃねえんだ」



 これは俺の傲慢なのかもしれない。行動自体も無謀かもしれない。

 そもそも俺の目的は魔王を倒すことだ。こんな命がいくつあっても足りないようなことをやらなくたっていい。俺はただ魔王を倒せばそれでいいんだ。



 そんなこと言われなくてもわかっている。

 だが、これが、これこそが、俺が初めて抱いた正義なのだ。



「ここで何も行動起こさないで『魔王をぶっ倒す』とか『勇者になる』とか抜かしてるのか? そんな訳ないだろ!」



 歯を食いしばり、眉間にしわを寄せる。そして高ぶる感情を声帯に籠め、俺は二人に向かって吠えた。



「友達ひとり救えないで、勇者になれるかよ‼︎」



 怒声に近い本音に、アンジェがハッと息を呑んだ。



「お前はどうなんだよ、アンジェ……お前も、このままでいいと思ってるのか?」



 表情に強張りがあるアンジェに真顔で悟す。

 別に彼に同行を求めているのではない。ただ彼の本心が知りたいのだ。

 なぜなら、俺が知っているアンジェは、こんなところで指を咥えてセリナの死を待つような軟弱な奴ではない。



 険しい顔つきのまま彼を睨みつけると、アンジェも黙りこくったまま俺を見つめ返した。

 時が止まったように動かない俺たちをミドリーさんは固唾を呑みながら見守る。



 暫時の沈黙が続き、無言の睨めっこが続く。

 そんな中、アンジェは力尽きたように両腕をだらんと垂らした。その後はすぐに「フフッ」と小さく笑うと、遠い目をしてミドリーさんに声をかける。



「神官様……セリちゃんのこと、お願いできるかしら」



 観念したように言うその発言にミドリーさんは身じろぎするほど仰天した。



「本気かアンジェ! お前までエルフを探しに行くって言うのか!」

「そうよ……でも、申し訳ないけどこれはセリちゃんのためでもムギちゃんのためでもないわ。あたしがもう二度度あんな思いをしたくないから行くの――運命っていうのに抗いたくなったのよ」



 そう言ってアンジェは俺の隣に並び、ポンッと俺の肩を叩いた。



「……これならいいでしょ?」



 見透かすようなその笑みに俺も釣られて笑う。



「お前のそういうところ、嫌いじゃないぜ」



 決して無理強いではない。俺も、彼も、自分の意志で行く。こうなった以上、誰も止められないだろう。

 それがミドリーさんにも伝わったのか、彼は額に手をつき、嘆息をついた。



「わかったよ……お前たちの決意、しかと見届けた」



 そしてミドリーさんは呆れたように後ろを振り向き、扉に向かって話しかけた。



「お前らもそこで聞いているのだろう?」



 彼の不思議な発言にきょとんとしていると、閉まっていたはずの部屋の扉がゆらりと揺れた。

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