第55話 命の炎が消え揺れる
◆ ◆ ◆
アンジェに連れられてたどり着いたのは、ミドリーさんたちのいる教会だった。
教会の中はとにかく慌ただしくなっていた。
木製の長椅子には唸り声をあげた怪我人で埋め尽くされており、シスターのモネさんやミドリーさんが何度も行き来して手当てをしていた。
無論それでは人手が足りず、軽傷のギルド員がクーラの水を使って仲間の治療をしている。しかし、床には空になった
呆然と立ち竦んでいるとミドリーさんが俺たちに気づいた。何度も治癒魔法を使っているからか、彼の額には汗が輝いていた。
「ムギト、大丈夫だったか?」
「ご覧の通りピンピンしてるっす。けど、爆破クソ野郎は取り逃しました……」
「いや、相手も相当の手練れだろうから仕方ない。無事で何よりだ」
そう言って安心したように息をついたミドリーさんだったが、視線はすぐに患者たちに戻った。
患者たちはミドリーさんやクーラの水のおかげで外傷は治っているようだが、どの人も顔色は血の気が通っていないと思うほど青白かった。中には過呼吸のような呼吸困難になっている者もいる。
怪我は治っているのに、どうしてこんなにも苦しそうなのだろうか。
患者たちの様子を見てあることに気づいてしまった。
患者の中にセリナの姿がないのだ。
「ミドリーさん、セリナは?」
食いつくようにミドリーさんに尋ねると、彼は申し訳なさそうに眉尻を垂らした。
「セリナは……奥の部屋にいる」
それだけ言うとミドリーさんは後ろを向いてモネさんにアイコンタクトを送る。「ここは任せる」ということのようで、モネさんもその合図をすぐに察し、コクリと首を振った。
ひと呼吸したミドリーさんは「こっちだ」と俺とアンジェを連れて奥にある廊下へと
彼の後に続いて奥の部屋へ行くと、部屋のベッドでセリナが眠っていた。
すでにミドリーさんたちが手当てした後のようで外傷はない。
しかし、顔はこれまで見たどの患者よりも青白く、ところどころ紫色のあざが浮き上がっていた。
「……セリナ?」
近くに寄って名前を呼んでみても、彼女に反応はない。ピクリとも動かないし、呼吸をしている感じもない。これではまるで――死んでいるようだ。
「アンジェ……これって……」
恐る恐るアンジェに話を振るが、顔を俯かせるだけで何も答えなかった。その応答が何よりも恐ろしかった。
「噓だろ……おい、起きろよセリナ!」
アンジェのリアクションが信じられなくて、俺はセリナに飛びつくように彼女の肩を揺すった。それでも彼女は目を開けることはなく、触れた彼女の体が無情にも氷のように冷たかった。
「良しなさいムギト……それに、彼女はまだ死んでない」
ミドリーさんの発言にハッと顔を上げる。
改めてじっと彼女を見ると、僅かに呼吸があった。
しかし、その割にはミドリーさんもアンジェも絶望したように口数が少なく、彼女を直視しようとしない。
それに、「まだ」という言葉も気になる。
「なあ……セリナの容態ってどんな感じなんだ?」
意を決して問うと、ミドリーさんが暗い表情のまま静かに答えた。
「怪我のほうは治せた。だが、過度に瘴気を吸ってしまっている」
「しょうき?」
「瘴気を知らんのか?」
驚いたように目を瞠ったミドリーさんだったが、すぐに「ああ、そうか」と一人で納得した。俺が記憶喪失だという設定を思い出したらしかった。
「瘴気は魔界に流れている『気』であり、我々にとっては毒だ。どうやら彼女たちを襲った爆弾に瘴気が溜められていたようで、爆破と共に充満してしまったらしい」
瘴気をなくすためにモネさんの作った解毒薬で治療しようとしたが、爆破を直撃したセリナは瘴気も過度に食らってしまったのだという。
だから他の人と違い瘴気の結晶とも言えるこんな紫色のあざが表に出てきてしまっているらしい。
「他の者はシスター・モネの解毒薬で一命を取り留めたが……セリナの体はこのようにすでに瘴気が巡っており、解毒薬や俺の治癒魔法では手も足も出なかった……申し訳ない」
謝るミドリーさんの姿に全身の力が抜けた。
ミドリーさんのこの説明が全てだった。
セリナは――もう時期死ぬ。
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