第52話 差別は良くないが警戒は必要

「あ、アンジェさん! ムギトさん!」



 俺たちが来ていることに気づいたセリナが明るい笑顔で手を振る。



「おはようございます。今日は早いんですね」

「ええ。たまたま仕度が早くできただけで特に意味はないんだけどね」



 アンジェが目を細めて口角を上げると、セリナも釣られるように微笑んだ。

 だが、俺の頭の上にノアがいないことに気づいたのか、目をパチクリさせる。



「あれ? ノアちゃんはどうしたんですか?」

「あ、ああ……ちょっと出かけてる」

「そうなんですか。なんか、ムギトさんの頭の上にノアちゃんがいないと淋しいですね」

「そうか? 俺は頭が重くないから凄くすっきりするんだけど」



 頭を搔きながらそう返すと、セリナはおかしそうに笑った。

 彼女の中では俺たちは「二人でひとつニコイチ」だったようだが、これで多少は否定できただろうか。



 それはさておき。

 こんな他愛ない話ではなく、もっと重要なことを訊かないと。



「そっちはなんかいい情報入ったか?」



 単刀直入に尋ねると、セリナは「そうですね」とあごに手を当てて考え始める。



 「情報」というのは無論、魔王についてだ。

 セリナには俺がアンジェと組んだことを伝えているので、これだけでも十分話は通じる。

 しかし、そんな一日や二日で動きがあることは俺もアンジェも見込んでない。

 案の定、今日も空振りでそれらしき情報はなかった。



「そういえば、最近教会で会合が頻繁にあるようで、各地の神官様が時たま不在にすることがあるらしいですよ。もしかすると、近々ミドリー様もその会合にお呼ばれされるかもしれませんね」

「あら、ならその日は怪我しないようにしないと」



 アンジェの言う通り、【治療師ヒーラー】が極端に少ないこの世界で彼らが不在になるのはかなり痛い。こちらも回復できるクーラの水を多めに用意するなど、手立てを考えなければいけなさそうだ。

 これは割と有力な情報な気がする。



「サンキュー。覚えておく」



 礼を言うとセリナは「いえいえ」と謙虚に首を振った。

 仕事ができる味方がいて本当に心強い。下手すればどこぞの猫の案内人より案内してくれている。



 そんなことを話しているうちに、集会所の扉が開いた。

 冒険者が来たらしい。



「冒険者」と言ってみたが、本当に冒険者かどうかは自信がなかった。

 なんせそいつは冒険者にしては身軽だった。しかもボロボロの服を着ており、顔もフードで隠れている。わかることは、線の細いシルエットから奴が男だということだけか。



 そいつは俺たちを見るとうざったそうに舌打ちをした。

 しかし、来客であることは間違いないらしく、律儀に俺たちの後ろに並ぶ。



 実際セリナの要件ももう終わっているので俺もアンジェも一度彼女から離れ、部屋の角にある掲示板のほうへと足を向けた。



「なあ、あいつも冒険者なのか?」



 男に聞こえないように小声でアンジェに尋ねると、アンジェは「そうね」と腕を組んだ。



「こう言っちゃ言葉は悪いけど……何かを売りに来た貧民じゃないかしら」



 このギルドの集会所では魔物のコアを引き取ってくれるのだが、別にコア以外でも武器や防具の素材になりそうなものは買い取ってくれるらしい。

 なので、この集会所には冒険者やギルド員以外も立ち寄ることがあるのだという。


 ただ、その素材ですらも取れるのは稀なのでこうして一般市民が物を売りに来るのは滅多にないとか。



 アンジェはそう言うものの、あの男に関してなんかいい予感がしない。

 けれどもこれはただの俺の勘だ。

 現にセリナだって警戒している様子はなく、にこやかな表情で接客をしている。



 彼らの言う通り、少しでも金の足しにここまで売りに来た貧民なのだろうか。

 しかし、この胸騒ぎはいったいなんだ。



 用心するに越したことはないので、掲示板を見るふりをしながら二人の会話に聞き耳を立てた。



「ちょっとコアみたいの拾ったから鑑定してくれないかな」



 男の顔は見えないが、意外と声が若い。ひょっとすると俺と大して変わらないかもしれない。


 けれどもフードの奥から聞こえるその声はどこかにたついており、いやらしさを感じた。



 もう少し様子を見たほうが良さそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る