第48話 月明かりとか細い炎

「魔王の配下がどうしてイルマを狙ったのかはわからない。【踊り子ダンサー】として彼女が有名だったからなのか。たまたま目に着いたから襲ったのか……奴らに訊くすべはもうなかった。我に返った時にはもう、リビングの床は所々火が上がっていて、あたしの足元にはコアが二つ転がっていた。あたしには立ち上がる力もなく、ひざまずいてぼんやりと燃え広がる炎を眺めることしかできなかった」



 しかし、その小火ぼやに気づいた近隣住民がアンジェの家にやってきた。

 その地獄のような光景に悲鳴をあげた者もいたが、転がったコアを見て全てを察したらしい。



「周りに住んでいたのが【農家ファーマー】だったのが幸いだったわ。中には水が魔法属性の人もいたから、火は燃え広がることなくすぐに消せた……ただ、みんなその後は何も言わずに帰っていった。きっと、あたしを見てられなかったのでしょうね」



 だが、しばらくして家にセリナがやってきた。この騒ぎを知った誰かが彼女を呼んだのだろうとアンジェは言っていた。



「あの時のセリちゃんの顔も忘れられない……変わり果てた二人の姿に両手で口を覆って、その場で膝から崩れ落ちて……でも、あの時あたしは泣けなかった。黙ったまま、泣き叫ぶ彼女の姿を見ることしかできなかったわ」



 深く息を吸い込んだアンジェが夜空を仰いだ。



 隠れていた月が雲から顔を出し、再びアンジェを静かに照らす。

 きっとその事件があった時も、月はこうして彼らのことを照らしていたのだろう。



 そんな中、アンジェは月を見上げたまま吐息に混ざる小さな声で俺にこう尋ねた。



「ねえ、知ってる? 魔物に襲われた人間はみんなと同じ墓場に入れないの」

「……なんでか訊いていいのか?」

「魔物は汚れているから……一緒に入ったらけがれてしまうんですって」

「そんなことって……あるはずないだろ」

「あたしもそう思ってる。でも、あたしが思うだけじゃだめなの。これはこの街の仕来しきたりのようなものだから、みんなが納得しない……だからあたしは――人知れず二人を父親の畑に埋めたの。正確には、セリちゃんのゴーレムと、だけどね」



 イルマと親父さんの墓場はただでさえ畑地帯の端にあるアンジェ宅のさらに奥地にあった。寂れた土地で、セリナ以外誰も近づいた様子もないくらいひっそりと佇んでいた。



 もしや、手を合わせて祈ることですら「穢れる」と言われているのだろうか。有能な【農家ファーマー】であったのに、超絶に人気だった【踊り子ダンサー】であったのに。なんて寂しい最期なのだろうか。



 胸が痛む展開にやりきれない虚しさに襲われる。



 同時に魔王の配下に強い憤りを感じた。

 アンジェの家族をこんなにして、セリナを悲しませて、アンジェを苦しませて……。

 それなのに、アンジェに慰めの言葉が浮かばない。そんな無力な自分が一番ムカついた。



「……そんな顔しないで」



 小さくうずくまるアンジェが、顔だけこちらに向けて優しく笑う。けれどもその声は今にも消えそうで、彼がとても儚く見えた。



 ――これが、たった半年前の話。

 だが、俺といる時のアンジェは悲しい素振りを何ひとつ見せることなく、俺に親切に振舞ってくれた。



 本当なら、泣いたり、喚いたりしてもいいくらいつらい出来事のはずだ。

 それなのにアンジェは――……。



「……お前、凄いよ。俺なら、きっと耐えられない」



 本音が漏れると、アンジェが静かに首を横に振った。



「あたしだって耐えられてないわ……だからギルドに入ったんだもの」

「ギルドに?」



 訊き返すとアンジェはコクリと頷いた。



「セリちゃんと結託してね、魔王の配下の討伐の依頼クエストを受けていたの。魔王の配下を倒していけばそのうち魔王本体にありつけると思ったからね……でも、だめだった」



 アンジェは膝を曲げ、両腕で抱え込んで小さく背中を丸めた。



 泣いているような気がしたが、顔を上げないのは彼の意地のように見えた。

 けれども彼は涙声になりながらも俺に告げた。



「二人を殺した魔物はもういないのに、魔王の配下を見るたびに憎しみが湧き出るの。そうなったら自分でも止められなくて、殺意に身を任せてなりふり構わず奴らを切り殺す。それを繰り返していくうちに自分の心がどんどん醜くなる――もう、あたしもあの頃のあたしじゃいられなくなってるの」



 俯くアンジェの体が小さく震えっていた。これこそが、アンジェの本心なんだと心の底から感じた。



 きっと、誰にも言えなかったのだ。ミドリーさんにも、セリナにも。

 自分が復讐に取り憑かれて、もう戻れなくなっているのがわかっているから。



「……俺を置いて行ったのも、それが理由か?」



 この前までアンジェが一人で依頼クエストはおそらく魔王の配下の討伐という内容だったのだろう。



 俺を連れていかなかったのは、俺が足手纏いというだけではない。誰にも見られることなく、ひとりで依頼クエストを熟したかったのだ。



 核心を突くようにそう尋ねると、アンジェは無言で首を縦に振った。

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