第46話 答え合わせをしよう



『名高き踊り子 イルマ ここに眠る』



 あの墓には、そんな名前が刻まれていたのだ。

 だが、その名前を言ってもアンジェは「そう……」と呟くだけで、顔色ひとつ変えずに続けて問うた。



「ムギちゃんはそのイルマって子のこと知っているの?」

「この街にいた若干二十歳の凄腕【踊り子ダンサー】……って、ミドリーさんから聞いた」

「あら、意外な名前が出てきたわね。聞いた情報はそれだけ?」

「ミドリーさんからはそれだけ。あと、セリナからは自分の幼馴染だってこと……だな」



 正直に答えると、アンジェは「なるほどね」と太ももに肘を突いて息を吐く。

 確かに二人から聞いたのはそこまでだ。

 ここからは、俺の憶測の話になる。



「イルマって……アンジェの妹だろ?」



 単刀直入にぶつけると、アンジェの目が大きく開いた。



「……どうしてそう思ったの?」



 冷静を取り繕っているつもりだろうが、アンジェが動揺しているのは見て取れた。

 だが、憶測なりに根拠もあった。



「アンジェって……確か二十五歳だよな?」

「そうだけど、あたしあなたに年齢なんて言ったかしら?」

「いや、言ってない。でも、アンジェのギルドカードに書いてたから」

「そう――そういえば、あの時カードを見せてたっけ」



 アンジェの言う『あの時』とは、俺がギルドに登録する時のことだ。登録項目に住所があったから、その時に彼の住所を書き写させてもらっていた。



 ギルドカードには他にも基本情報が記入されている。勿論、年齢もだ。ただ、あの時は第一印象通り俺より少し年上だったから気にも止めていなかった。



 イルマがアンジェの妹だと気づいたのは、イルマとセリナが友達ということを知ってからだった。



 アンジェの妹は五つ下。つまり彼女もイルマと同じ二十歳だ。

 そしてその幼馴染であるセリナもおそらく彼女と同年代。

 アンジェの妹がセリナの友達ならセリナの友達であるイルマがアンジェの妹の可能性も十分高い。



 それに、俺がイルマのことを聞いた時、ミドリーさんもセリナも驚いていた。あれは、俺の無知さではなくアンジェが俺に何も話していないことに驚いていたのだ。



 それでも二人が必要最低限のことしか俺に情報を与えなかったのは、彼らなりにアンジェの気持ちを尊重していたからなのだろう。



 ……ここまではまだ俺の憶測だ。

 これからが根拠の話になる。



「ノアがリビングで言ってたんだ――アンジェの家、血か御霊か……その両方のにおいがするって。そしてイルマの墓参りをした時、『同じにおいだった』とも言っていた」



 そう言うと、アンジェは愕然としたように息を詰まらせた。そして、徐に俺の隣にいるノアを見る。だが、ノアは何も言わず、ただ澄ました顔でアンジェを見つめ返すだけだ。



 やがて、アンジェは観念したように小さく笑う。



「……根拠にノアちゃんを使うのはちょっとずるいわね」

「自分でもそう思うよ。でも、アンジェの家族があの家にいないことはもっと早く気づいてたんだ」



 いや、それくらいは考えなくてもわかるはずだった。

 なんせ、存在だけ出てきた妹と親父さんがこの家に一向に現れない。親父さんに至っては部屋や服を借りれている。



 不在時に部屋や服を借りることは百歩譲って肯定しよう。だが、財布まで本人のを借りれるのはどうだろうか。それはつまり、使う者がもういないと言っても過言ではない。



「イルマの隣で眠っているのが親父さん……なんだよな?」



 改めて尋ねると、アンジェは力なく首を縦に振った。

 どうやら俺の推理は憶測含めて正解だったようだ。



「――黙っていたこと、怒ってる?」

「いや、全然……それに、普段の俺なら気づいても触れないだろうし」



 その言葉は彼への同情でもなんでもなく、嘘偽りない本心だった。そんな家族が死んだことなんて聞いたって、空気が気まずくなって終わるだけだ。



 ただ、今回は違う。まだ気になることが残っているから、聞かざるを得なかったのだ。

 それはイルマの正体がアンジェの妹だということでも、アンジェの親父さんが亡くなっていることでもない……「どうして彼らが亡くなったのか」ということだ。



 なんせノアの言うことが正しいなら彼らは――二人ともアンジェの自宅で亡くなっていることになる。

 そんなことを受け流せるほど、俺は器用な人間ではない。



「二人が亡くなった時のこと……訊いてもいいか?」



 恐る恐る尋ねる。すると、アンジェはフッと小さく笑い、静かにコクリと頷いた。



「……ムギちゃんには特別、ね」



 そう言って彼は夜空を見上げながら、ゆっくりその過日を語ってくれた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る