第38話 案内人が仕事をしない

 二人横に並んで食べるというのは、なんだか照れ臭い。

 けれども、こうしてシートを敷いて青空の下でサンドイッチを食べるのは、こうも気分がいいものか。



「お口に合いますか?」

「うん。どれも美味いよ」

「そうですか。作った甲斐がありました」



 こんな恋愛シミュレーションゲームのような会話なのに、実は緊張で喉が通っていなかった。本当はよく味わって食べたいが、食べないと間が持たなかった。



 というか俺、女の子と二人で食事するの初めてだ。これも異世界に転生していなければ叶わなかっただろう。

 異世界最高。邪魔者もいなければもっと最高。



 そんな邪魔者、もとい、ノアはセリナがくれたりんごをむしゃむしゃと食べていた。

 どうやら、ノアがりんごを食べることもアンジェから予め聞いていたらしい。

 こんな奴に気を遣わなくていいのに。本当にセリナはいい子だ。



 そんなことを考えながら、セリナが用意してくれた温かい紅茶を啜る。

 外で飲む温かい飲み物もまた格別だ。俺の緊張をこの温みで優しく癒してくれる。それに、この茶葉もくせがなくて飲みやすい。



 空を見上げて「ふぅ」と息を吐く。

 腹が満たされたからか、あれだけ無気力だったのが噓のように活力が溢れてきた、気がする。



「元気出ましたか?」

「ああ、お陰様で」

「よかった。属性魔法とはいえ、魔力マジックパワーは枯渇してしまうと力が出なくなりますからね。さっきのもきっと魔力不足だったんですよ」

「そうなのか? 知らなかった……」



 凄く大事なことをここに来て初めて聞いた。教えてくれてありがとうセリナ。

 それと、そんな大事なことならさっさと教えろ案内人。



 訝しい顔で目線を向けると、ノアがむくっと顔を上げた。



「どうせお前、ほとんど魔法使えないからいいかなと思って」

「確かに使えないけどよ。殴ったほうが強えけどよ。教えてくれたっていいじゃねえか」

「それはそれは、申し訳ございませんでした」



 目をひそめて文句を垂らしても、ノアに反省の色はなかった。

 この調子だと、まだまだ俺に話していないルールがありそうだ。

 ちゃんと仕事してくれねえかな、この案内人。



 ため息をつくと、彼女は不思議そうに首を傾げていた。俺としたことが、彼女のことを置いてけぼりにしていた。



「悪い。こっちの話」

「あ、いえ。構わないでください。ノアちゃんもきっとムギトさんとお話したいでしょうし」

「いいよ気を遣わなくて。それに、こいつきっとセリナが思っているより口も性格も悪いから、もっとぞんざいに扱ってい……って、いってぇ!」



 話の途中で突然手に刺さるような痛みが走った。

 見ると、ノアが俺の手をかじっていた。

 こいつ……猫の姿だからって……

 ひりひりする手を振りながらノアを睨む。だが、当の本人は「ざまあみろ」と言うように鼻で笑っている。



 そんな俺たちを見兼ねたセリナが慌ててノアを持ち上げた。



「ノアちゃん、だめですよかじっちゃ……でも、今のはムギトさんも悪いですよ」

「はい……すいません」



 条件反射で謝ってしまったが、これはノアに謝ったのではない。セリナに謝ったのだ。ということにさせてくれ。なんせこいつに謝るのが腑に落ちない。



 不貞腐れながらも皿の上にあったサンドイッチに手を伸ばす。

 いつの間にかこれが最後のサンドイッチになっていた。これを食べ終えて消化するまで少し休んだら修行の再開というところだろう。



「ところで、ムギトさんは魔法のことどこまで覚えてるんですか?」



 セリナが紅茶を飲みながら尋ねる。

 そういえば、セリナにも俺が記憶喪失という設定だった。彼女にも俺が魔法の使い方を忘れていると思われているのだろう。



「えっと……ちょっとしたコツ、とか?」

「コツとは?」

「イメージと情熱と勢いノリ

「そ、それはどこの情報ですか……」

「ノアだよ、ノア。正直、これをどこまで信じていいのかもわからねえ」



 がしがしと頭を掻いて悩んでいると、セリナも「うーん」と一緒になって考えてくれた。



「イメージが大事なのは、決して間違いではないと思うんです。私も合成や錬金する時は頭の中で強くイメージしていますから……ムギトさんはどうですか?」

「そうなの、かな……まだ感覚掴めていないからよくわからんけど」



 じっと開いた両手を見つめる。

 確かに俺の魔法が粉雪から雪に変わった時、手も一緒になって冷たくなっていたような気がする。つまるところ、この手からのイメージが武器に伝わって魔法を出している、ということなのだろうか。



「よし、やってみるか……」



 シートから降りて、少し彼女たちから離れる。

 そして、腰についている革のケースに手を伸ばしてバトルフォークを手にした。



「……あ」



 取り出して柄を強く握ったところで思い出した。セリナは俺の武器をまだ見たことがないのだ。



「え、えっと……」



 恐る恐るセリナのほうに振り向く。脳裏にはこれまでの引かれたトラウマ級のリアクションが過った。



 だが、彼女のリアクションは他の者と違っていた。

 一瞬目は大きく見開いたが、すぐに興味津々に輝いたのだ。



「すごーい! そんな武器、初めて見ました!」

「え? え??」



 爆上げする彼女のテンションに思わず退く。

 そんな俺とは裏腹に、彼女は俺に近づいて楽しそうにこう言った。



「その武器、ぜひとも鑑定させてください!」

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