第37話 ラブコメの波動、再び
外は今日も晴れ渡っていた。風も穏やかだし、修行に持ってこいのいい天気だ。
さっさと部屋の掃き掃除を終えた俺は、さっそく修行に取りかかった。
バトルフォークを手に持ち、「
だが、出てくるのは相変わらず雪だ。氷の結晶には程遠い。
何も掴めないまま魔法を乱用する。しかし、芝生が溶けた雪で濡れるだけで変化はない。
「あーもう、できねえー!」
フォークを掴んだまま大の字で寝転がる。すると、ノアがニヤニヤと悪戯っぽく笑みを含みながら俺を見下ろしてきた。
「魔法の練習とは、気合いが入っているねえ勇者様」
「なんだようざってえなあ……冷やかしか?」
「まあ、半分は冷やかしだが、これでも褒めてるんだよ」
ゆらゆらと尻尾を揺らしながら、ノアは口角を上げる。
「冷やかし半分」という言葉が気に食わないが、今のところはスルーしてあげた。
「褒めるくらいなら見てないでコツでも教えろって」
「コツなら前に教えただろ」
「イメージと情熱と
「あーあ」と言いながら空を仰ぐ。
この調子だと、日が暮れてもできなさそうだ。
真上にある太陽の光が眩しい。
腹も減ってきたし、そろそろお昼時だろうか。
腹も減ったが、疲れて動きたくない。このまま横たわっていたい。私は貝になりたい。
「ノア〜、飯作ってくれ〜」
「この姿で作れると思うか? 働けクソニート」
「ニートじゃねえし! ギルド入ったし! 現実世界でもギリギリ学生だったし!」
ムキになってみるが、ノアは半目になって「へいへい」と息をついた。呆れているこの目は完全に俺のことを見下している。
だが、自分で動かないと飯が出てこないのは当然だった。
現実世界だったら「飯を食うのも面倒だ」とぶっ通しでゲームをしていたこともあったが、今は何か口にしないと起き上がる気力もない。
「あー、誰でもいいから飯作ってくれねえもんかな」
空を見上げながら強請るようにぼやく。勿論、返答は期待していない。
期待していない、はずだった。
「あの……」
ふと、頭のほうから遠慮しがちな女の子の声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声と人の気配に俺は
「お邪魔して……大丈夫でしたか?」
その声の正体に俺は思わず目を見開いた。
そこにいたのは他でもなくセリナだったからだ。
しかも今日のセリナの服装は淡い黄色のワンピースで、長いオレンジ色の髪も下ろしていた。ギルドの受付の制服も白がベースで可愛かったが、私服の今もとても可愛い。
いやいや、彼女の容姿に見惚れている暇ではない。
「な、なんでこんなところに……」
口をパクパクさせながら、彼女から退くように身動ぎする。こんな街の離れにポツンとある家だから誰も来ないだろうと油断していた。
だが、うろたえる俺を見て、セリナは優しく微笑んだ。
「アンジェさんに言われていたんです。ムギトさん、魔法が上手く使えないことに悩んでいるから力になってあげてって。きっと、今日なら魔法の修行しているだろうからって」
「アンジェが……そんなことを……」
セリナの証言にウインクしたアンジェの得意げな表情が浮かんだ。
アンジェの奴、俺の悩みも行動も全部読んでいたのだ。
しかし、ここまで手に取るように思考や行動がバレているとは……アンジェには敵わない。
照れ臭くなって頬を掻いていると、セリナはクスクスと口に手を当てて笑った。
「アンジェさんから話は聞いていましたが……ムギトさんって本当にノアちゃんの言葉がわかるんですね。『にゃーにゃー』鳴いてるノアちゃんとお話しているの、とても可愛かったですよ」
「うっ……」
まずい。セリナにノアのと会話を聞かれていた。いや、聞かれていたのは俺の一方的な発言でノアのほうはどうせ適当に鳴いているだけか。どちらにしろ恥ずかしいシチュエーションではないか。
そもそも、俺ノアとどんな話をしてたのか。凄くどうでもいい話しかしてないような……
思い返せば思い返すほど顔が熱くなるのを感じる。
あと、「アンジェから聞いた」というのも聞き捨てならない。なぜアンジェもバラしているのだ。
そんな恥ずかしむ俺の隣でノアはわざとらしく「にゃー」と鳴いた。
そのムカつく態度に思わず舌打ちが出そうになる。セリナがいるからしないが。
「クソー……どいつもこいつも俺のプライバシーを侵害しやがって」
羞恥心を誤魔化すように頭を掻き乱す。すると、セリナは俺を見て微笑ましそうに頬を綻ばせる。
「……お腹、減ってるって言ってましたよね?」
そう言ってセリナは持っていた籠のバスケットを軽く掲げた。
「サンドイッチ作ってきたんです。一緒に食べませんか?」
「……え?」
その瞬間、暖かい風が吹いた。そして、同時に胸が高鳴った。
「あ、ありがとう……いただきます」
緊張で声が震える。もしや、これは俗に言う「ランチデート」ではないか。
しかもこの風景はほぼピクニック。ラブコメの波動を多いに感じる!
……と、思っていた矢先、嬉しそうに目を細めたセリナがその場でしゃがみ込んだ。
「ノアちゃんには果物を持って来ましたからね」
フフッと笑いながらセリナはノアの喉元を撫でる。
あー、そういえばいたな。このクソにゃんこ。
この一瞬で期待が崩れ去り、憎悪を込めてノアを見下ろす。
けれども、ノアも嘲るように口角を上げた。俺の下心を見抜いているようだった。
そんなことになっていることも知らず、セリナだけは楽しそうにシートを広げてランチの準備をしていた。
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