第36話 魅惑の踊り子の噂
踊り子と聞いて脳裏に肌を大いに露出したエロティックな服装を身に纏い、魅惑の腰つきでフェロモンを振りまくような妖艶な女性が浮かび上がった。
彼女のことを想像しただけで飯が三杯食える。なんて裏やま……けしからん。
そんな想像を膨らませていたが、ミドリーさんの話によるとイルマという人は俺が思っているよりも凄い人だった。
「非常に表現力のある子だったよ。陽気な音楽の時は元気でアクロバティックな踊りを。そして艶やかなジプシー音楽の時は
花咲く大地で舞う踊り子……ミドリーさんの語り口だけでもうっとりするような演出だ。
そのうえ美貌もあり、大人びた切れ長の目で流し目されると誰もが魅了されたのだという。
そこまで幅広い演舞ができるのならば場数を踏んだベテランなのだろうと思っていたが、なんと彼女は
俺より年下じゃん。何してるんだよ、俺。
「若さと実力を兼ね合わせていたから、爆発的な人気だったよ。彼女に会うためにこの街に来る冒険者もいたくらいだ」
「な、なるほど……」
ひとまず頷いてみるが、さっきからミドリーさんのイルマに対する熱が凄い。
本人は淡々としているつもりだろうが、さっきから語りが止まっていない。
「ミドリーさん……もしかしてイルマのファンだったんすか?」
三十過ぎのおっさんが二十歳の【
俺の吹っかけに、ミドリーさんも面食らったように「え?」と素っ頓狂な声をあげた。だが、すぐに大きく口を開けて大笑いする。
「そうだなあ……そう言われると、俺もファンだったんだろうな」
「あらあら、ミドリーさんもお好きですねえ」
むっつりスケベなミドリーさんにいやらしく目を細め、肘で小突く。
けれども、俺にからかわれてもミドリーさんの反論はなかった。
ただ、どこか懐かしみ、それでいて淋しそうな眼差しでどこか遠くを見ていた。
そんな表情をされてしまったら、俺もこれ以上何もできないではないか。
イルマのことは、やはり禁句だったのだろうか。
これ以上訊けない雰囲気に俺も固まってしまう。
――演奏が終わり、愉快な音色のバックグラウンドミュージックがなくなった。
噴水の近くでは子供たちがピエロに「ばいばーい」と手を振って別れを告げている。
あれだけ明るいオーラだったのに演奏が終わった途端、一気に静かになってしまった。そして、俺たちの間にも少し気まずい空気が流れた。
そんな空気感を壊したのは、ミドリーさんのほうだった。
「……演奏会、終わってしまったな」
そう言ったミドリーさんは両膝に手をついてゆっくりと立ち上がる。
「買い物途中に引き留めて悪かった。また怪我をしたらいつでも来なさい」
フッと小さく笑ったミドリーさんは俺に背中を向けて歩き出した。
「あ、はい……さよならっす」
ワンテンポ遅れてミドリーさんにお辞儀をすると、ミドリーさんは軽く手を挙げて去って行った。
それにしても、魅惑の【
「なあ、ノア……お前はどう思う?」
頭の上にいるノアに話を振る。
だが、返ってきたのは欠伸した声だった。
「お前……ミドリーさんの話、聞いていたか?」
「いや、全然。それよりもりんごが食いたい」
「あ、そうっすか……」
このノアの能天気具合にため息が出る。
とはいえ、これ以上ここに留まっている理由もない。ノアの言うことを聞くのは
* * *
結局、お留守番生活一日目は買い物を終えたあと、干していた洗濯物を片づけているうちに夕食時になってそのまま終わってしまった。
勿論、ノアの発言から予感されていた心霊現象もなく、夜も静かな眠りに着くことができた。本当、何事もなくてよかったと心底思う。
さて、お留守番二日目の今日だが、洗濯をしなくていい分、時間に余裕が生まれた。
ここでようやく、ずっと手をつけたかったことができそうだ。
――そう、修行だ。
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