第31話 アンジェさん、お手紙です

「え? 何これ。瞬間移動?」



 想像していなかった展開に、ついうろたえた。

 夢かと思って辺りを見渡す。



 だが、ここはどう見たってオルヴィルカ。しかも集会所前の広場ではないか。この街の賑わいだって出発前のままだ。

 こんなに人がいるのに、いきなり現れたであろう俺たちに通行人は何一つ驚いていないのもわからない。



 表情を固めたままアンジェを見る。

 すると、アンジェは目を細めてブイサインをしてきた。



「ほら、凄い近道でしょ?」



 アンジェが言うには、先程の風の渦が風核ウィンド・コアの力なのだという。

 それもダンジョンからの脱出だけでなく、予め設定していたポイントまで移動してくれるという優れ物だ。



 脱出魔法と移動魔法は存在しているだろうと思っていたが、まさか両方兼ね備えているとは。

 通行人も驚いていないということは、よくあることなのだろう。

 水核ウォーター・コアといい風核ウィンド・コアといい、本当に便利な物だ。



 と思いつつも、数々の不思議現象に頭では追いついていなくて呆然としていた。

 そんな俺にアンジェは明るく声をかける。



「ほらほら、セリちゃんのところへ行きましょう」



 アンジェは余程楽しいのか、スキップ混じりで集会所に向かった。



「あ、待てよ!」



 と、声をかけてもアンジェは振り向かない。

 彼の代わりに肩で抱かれているノアと目が合う。

 そういえばノアを渡したままだった。どうりで頭が軽い訳だ。

 ノアが顔をしかめてこちらを見ているが……まあ、それはいい。ひとまず俺もアンジェたちの後ろにつく。



 集会所に入ると、みんな依頼クエストこなしに行っているのか、旅立つ前ほどの人はいなかった。

 そのため、すぐにセリナを見つけることができた。



「あ! おかえりなさい!」



 カウンターからセリナが大きく手を振る。

 その嬉しそうな眩しい笑顔に俺の胸もキュッと締めつけられた。



「た、ただいま」



 彼女の可愛さにどぎまぎしながら手を振り返すと、隣のアンジェがニマニマと笑った。



「ムギちゃん頑張ってたわよ。あとで褒めてあげて」

「なんだそれ。ガキじゃねえんだし」



 と言いながらも頬に熱を感じたのは内緒だ。



「……と、そうだ。依頼クエストな」



 世間話をしている場合ではない。ここに来たのはあくまでも依頼クエストの報告なのだ。

 バッグの中から依頼分の水核瓶ウォーター・コア・ボトルを取り出し、セリナに渡す。



「お疲れ様でした。確認しますね」



 受け取ったセリナは鑑定魔法でボトルを査定する。

 手をぼんやりとオレンジ色に光らせ、ひと通りボトルを見ると、セリナはニコッと笑った。



「満水の水核瓶ウォーター・コア・ボトル、確かに受け取りました。バッチリですね。今、報酬の準備をします」



 立ち去ろうとするセリナだったが、アンジェが「待って」とすかさず止める。



「今日はコアも持ってきたの。これも鑑定お願い」



 アンジェが麻の袋に入れたコアを出し、じゃらじゃらと机に転がした。



「わー! これ、氷核アイス・コアですよね?」

「多分。みんな氷属性だったし」



 セリナが目を輝かせてコアを鑑定する。大も小も合わせて十二個。なかなか頑張ったのではないだろうか。主にアンジェが。



「これは商人のみなさんが喜びますね。えっと……一式六千六百ヴァルでいかがですか?」

「おお……いい値段……」



 合わせて七千ヴァル。半日にしてはいい稼ぎな気がする。



「ありがとう。それでお願いするわ」

「はい! では、少々お待ちください」



 お辞儀をしたセリナはコアを持ち、奥の部屋へと向かった。今度こそ報酬品を持ってくるようだ。



 まもなくしてセリナが戻ってきたので、彼女から布の袋に入った報酬品と先程の査定額を受け取る。

 これで手続き完了だ。



「は〜、終わった終わった」



 ずっと死なないように気張っていたから、無事に終わってホッとした。

 疲労が吐息に変わる俺を見て、アンジェが小さく笑う。



「お疲れ様。帰ったら美味しいご飯食べましょ」

「ああ、賛成だ」



 となれば今日の仕事はここまで。一旦退散だ。

 そんな空気になったのでセリナに別れを告げようとしたが、今度は彼女がアンジェを止めた。



「アンジェさん。こちら……アンジェさん宛てです」



 彼女が渡したのは白い便箋に入った手紙のだった。

 驚いたように目を見開いたアンジェだったが、すぐにセリナから手紙を受け取り、その場で封を開けた。



 手紙を読むアンジェの顔がどんどん険しくなっていく。

 このただならない雰囲気はあのノアですら逃げるようにこちらにやって来るほどだ。



 あの手紙にはいったい何が書かれているのだろうか。

 アンジェの顔は怖くなるし、セリナの表情も真剣だ。



 あれだけまったりしていたのに空気が張り詰める。

 かと言って俺にできることは何もない。



 どうしようかと困惑してしまったが、やがて手紙を読み終えたのか、アンジェは口角を上げたまま小さく息を吐いた。



「……わかったわ。セリちゃん」



 アンジェの返しにセリナもコクリと頷く。

 その表情はいつもの穏やかなアンジェに戻っていたが、こんな意味深なやり取りの後には声をかけられなかった。



 そんな強張っていた雰囲気を壊すようにアンジェがわざとらしいくらいに目を細めてニッコリ笑う。



「それじゃ、あたしたちも帰るわ。お仕事頑張って」



 アンジェはヒラリと手を振ってセリナに別れを告げる。

 ただ、彼女に背を向けた途端、アンジェの眼差しは鋭く、冷たいものに変化していた。



 それでも臆病な俺は何も訊けず、彼の横顔を唖然と見つめることしかできなかった。


二章【錬金術師アルケミストの冒険者ギルド】終

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