第30話 依頼《クエスト》完了
「神秘的でしょ? 息を呑むほどの美しさよね」
アンジェは俺の隣に並び、光り輝く泉を一望した。
言うならば「クーラの泉」
彼の言う通り、この空間に目を奪われるほど圧巻される光景だ。
「君に見せてあげたかったの」
アンジェが澄ました顔で小さく口角を上げる。
その優しさに少しばかり照れてしまう。
確かにこの景色は現実世界にはない。夢のように美しい光景だ。
二人ともすっかりこの水の美しさに魅了されていたが、やがてアンジェが思い出したように手を叩いた。
「そうそう、
「ああ、そうだった」
すっかり泉に気を取られていたが、目的はこの水だ。
さっそくウエストバッグから瓶を取り出す。
「そういえば、まだ
瓶の蓋を開けたアンジェは泉の前にしゃがみ、
やり方はそれだけ。それでも俺は度肝を抜いた。
いったい何リットル吸収しているのだろうか。吸う勢いで小さな渦潮ができている。
だが、やがて
満水になったのを確認すると、アンジェは泉から瓶を取り出した。
けれども、瓶に入った水をわざと流し出して蓋をした。瓶の中には敢えて
「この
そう言って、アンジェは瓶を振った。
すると、
瓶を振れば振るほどクーラの水が溢れ出てくる。その異様な光景に俺の目は点になった。
唖然としている俺を見て、アンジェはクスッと笑う。
「
「何そのハイテク機能! 凄すぎね⁉︎」
つまり水筒にもなるし、回復薬のタンクにもなる。高性能過ぎて感動してしまう。さっそく俺も瓶を泉に突っ込む。すると、凄い勢いで
「これだけいっぱいクーラの水を汲めるなら、教会も二本とは言わず、もっと本数増やしてもよかったんじゃないの?」
ふと沸いた疑問をぶつけると、アンジェは複雑そうな表情を浮かべながら「うーん」と唸った。
「なかなか難しいわよね。まず、
「なるほど……ギルド員も生活かかってるもんな」
アンジェの言葉から察すると、この
それは、シスターもあそこまで喜ぶはずだ。
といっても、冒険者やギルド員もまったくここに立ち寄らない訳ではないらしい。長旅をする時や【
ただし、これはアンジェのように普通の瓶に補充する。みんな自分のことで精一杯なのだ。
生きるのは大変だ。どの世界でも。
そんなことを話しているうちに、
あとはこれをギルドの集会所まで持って帰ればいいのだが……それはそれで大変だ。なんせ、来た道を戻らなければならないのだから。
「なかなか遠いよな……」
この億劫さに思わずぼやいてしまう。
すると、嘆息をつく俺を見てアンジェが笑った。
「大丈夫よ。とっておきの近道があるから」
そう言ったアンジェは得意げな表情を浮かべながら自分の鞄を漁る。
アンジェが鞄から細長い筆箱のような木のケースを取り出すと、そこからさらに黒い針が出てきた。
針はケースにギリギリ入るくらいの長めの針で、このまま地面に突き刺せるほど大きな針だ。気になることといえば、持ち手の先端に
「それ!」
掛け声と共にアンジェが針を投げる。
それによって針が地面に刺さった途端に小さな風の渦が現れた。
「な、なんだこれ!」
思わず退く俺にアンジェはおかしそうにクスクス笑う。
「これは
パチンとウインクしたアンジェは、ひらりと手を振って風の渦に近づく。
「え? これに入るのか?」
「そうよ。大丈夫、怖くないわ」
ニコッと笑ってアンジェは俺に手を差し出す。その笑顔もその仕草もここまで来ると王子様みたいだが、流石に俺もそこまで男として落ちぶれていない。(と信じたい)
それでも差し出された手を取らないのは申し訳ないので、なんとなしに頭の上のノアを渡した。
ノアは「⁉︎」と言葉にならない驚きを示していたが、アンジェは気にせずにそのままノアを抱く。
「さ、行きましょ」
アンジェを先頭にいよいよ風の渦に入る。いったいこの先には何があるのか。得体の知れない世界に俺は無意識に生唾を飲んだ。
それでもアンジェはなんのためらいもなく風の渦に飛び込む。
一番最悪なのはこのまま風の渦が消えて置いてけぼりにされることだ。そんな絶望的なことはなんとしても避けたい。
ビビりながらも恐る恐る風の渦に飛び込む。
だが、中に入った瞬間、目を開けることもできないほど風力が増した。
視界が奪われる中、ひたすら耳元で風の音が聞こえる。
これが今どんな状況なのかわからないのがただ怖かった。
ギュッと目をつぶって事が終わることを待つ。
しかし、それも束の間。あれだけ強かった風も止み、辺りに明るい光が射した。
ゆっくりと目を開ける。
そして劇的に変化した風景に俺は愕然とした。
目の前にあったのは他でもない――『オルヴィルカ』の街だったのだ。
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