第29話 アンジェはギラで、メラではない

 一本道なので迷いはしないが、あれからも何回か魔物と戦闘があった。

 ただ、洞窟の中が太陽の光が届かなくて涼しいからか、氷属性の魔物が多く感じた。



 この世界でも属性の弱点があるようで、炎属性のアンジェは奴らと相性が良い。一対一サシ勝負だとまず負けない。



 だが、同属性である俺の魔法攻撃は効果がいまひとつだ……と言いたいところだが、俺の魔法は弱すぎてそもそもダメージを与えていない。せいぜい雪で目眩しできるくらいだ。倒すなら物理攻撃のほうが断然早い。



「おい、ノア……ステータスボード出してくれないか?」



 思い立ったので頭上のノアに小声で尋ねると、ピクッと彼の体が動いた。



「なんだ? お前がボードを見たいなんて珍しいな」

「ああ……ちょっと『冷たい風コルド・ウィンド』の技性能見直したくて」



 ノアに頼むと彼は俺の目の前にステータスボードを出してくれた。



冷たい風コルド・ウィンド』……敵に氷の結晶攻撃を与えるグループ攻撃。決して敵に目眩しする魔法ではない。

「氷の結晶」と書いているが、俺が出しているのはただの雪だ。まあ、雪も結晶だが……本来ならもっと攻撃力があるはずだ。



 ――待てよ。



 そういえば、最初にあの魔法を打った時、粉雪くらいしか出てなかったはず。

 それが今は雪くらいまで大きくなった。この違いはなんだろう。



 異世界に来てまだ二日目とはいえ魔法も、階級クラス能力アビリティ性能も、正直いまいち掴めていない。

 それに、このバトルフォークのことだって。



「あ、おいお前」



 ノアが声をかけて来たが、頭の中は考え事でいっぱいだった。

 だから、目の前に岩があることに気づいていなかったのだ。



「ムギちゃん! あぶな――」

「え?」



 アンジェの声で我に返るが、気づいた時にはもう遅く、俺は岩に顔面をぶつけた。



「いってー……」



 ぶつけた鼻を手で擦る。

 そんな俺を見て、アンジェは「あらあら」と苦笑した。



「大丈夫? 考え事?」

「ああ……そんなとこ」

「まあ。でも、ここは暗いから余所見は危ないわよ。そろそろ次の燭台が見える頃だけど……あ、あった」



 燭台を見つけたアンジェは剣の切っ先を向け、火を放つ。

 その光景に俺は違和感を抱いた。



「なあ、なんでアンジェは呪文なしで火を出せるんだ?」



 俺は呪文を唱えないと雪を出せない。だが、アンジェはこれまで一度も呪文を唱えていない。詠唱を破棄しているのか?

 俺の素朴な疑問に、アンジェは「え?」と素っ頓狂な声をあげる。



「そう言われると難しいわね……これも割と無意識だし」

「無意識? それでそこまで使えるのか?」



 さらに問うとアンジェは腕を組み、人差し指を自分のあごに当てて考え始めた。



「たとえば……そうね。やってみるのが早いかしら」



 そう言ってアンジェは次の燭台に切っ先を向け、火を放って明かりを灯す。彼にとってはなんの造作もない行動だ。



「こうやって剣に火を纏わせたり、放射をするのは得意なの。でも――」



 アンジェは手のひらを上に向け、手に力を入れる。だが、ただ力んでいるだけで手には何も変化はない。



 アンジェが何をしようとしているのかわからずにいると、疲れたのか彼も深く息を吐いた。



「……こんな感じで、火球にするのは苦手――というか、できないのよ」

「そうなのか? 火ならなんでもできそうなイメージなんだけど」



 しかし、アンジェは首を振って否定する。



階級クラスの特性なんでしょうけど、魔法にも型があるらしいわ。逆に言えば、型と階級クラスにハマればこうやってイメージだけでも魔法を使えるのよ」

「へー、魔法にも型があるのか」



 つまり、同じ属性の魔法でも細分化されていて、扱えるものも限られているもいうことか。



「型……型ねえ……」



 魔法に型があることも目から鱗だったが、なおさら俺の型はなんなのだろうか。

 腕を組んで考え込んでいると、アンジェが目をパチクリさせてこちらを見ていた。



「もしかして、魔法のことで悩んでたの?」

「あ、うん……」



 アンジェに図星を突かれたが、素直に頷く。

 しかし、アンジェは俺の悩みを茶化すことなく、一緒に頭を抱えてくれた。



「『冷たい風コルド・ウィンド』が範囲攻撃だったから、型はあたしと似ている気がするのよね……でも、ムギちゃんの階級クラスって前衛タイプなのかしら」

「前衛……なのか?」



 そう言われてみると、俺の階級クラスはどちらに当てはまるのだろうか。というか、マジで【赤子の悪魔ベビー・サタン】ってなんなんだ。最早、哲学。



 考えに行き詰まり苦悩していると、アンジェはまるで子供を見守るかのような生温かい眼差しを浮かべていた。



「焦らなくても大丈夫よ。練習すればきっと上手くなるし、コツも掴んでくるわ」



 フフッと笑いながら、アンジェは再び剣を燭台に向けて火を放射する。

 その燭台に火を灯し終えた時、彼の動きがピタリと止まった。

 明るくなった洞窟の先に広い空間が現れたからだ。



「……ようやく着いたわ」



 腰に手を当てたアンジェは、ホッと一息ついて先に進む。

 そして奥の空間でも明かりが灯された時、俺は思わず息を止めた。



 奥の空間は泉になっていた。

 その水を手で掬ってみると、光が届かない場所のはずなのに水がオーロラのように光って見えた。



 水の感覚も違う。ひんやりとした冷たさの中に、優しい温もりを感じる。この温もりはミドリーさんに治療魔法をしてもらった時の感覚に近い。



 何も知らなくても一目見てわかった。

 これが、クーラの水だ。

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