第24話 はじめてのおつかい

 反射的に頷いてしまったが、異世界生活二日目にして早くも依頼クエストとは、身構えてしまう。



「大丈夫よ。簡単な依頼クエストもあるし、あたしもいるわ」



 俺の不安と緊張が伝わってしまったのか、アンジェは朗らかな口調で俺をなだめた。



 その流れでアンジェが掲示板のほうへと歩き出す。

 ここはひとまず先輩について行くことにする。



 アンジェに並んで掲示板を眺めると、見た目通りいろんな依頼クエストが貼られていた。

 魔物の討伐もあるが、薬草やコアの採取、荷物のお届けなんてのもある。報酬も金だけでなく装備品や食料、宿泊の受け入れなど様々だ。



「ギルドって言ったらランクのイメージだけど、ランクとかってあるのか?」

「ランクや難易度は特に設けられてないわ。あんなの誰かの主観でしかないからね。ギルドの初心者だからって、難しい依頼クエストがまったくできない訳ではないでしょ? みんな自分の階級クラスや属性魔法の相性、能力アビリティを弁えて依頼クエストを選ぶのよ」



 ただし、ギルド員として名が上がると直々に依頼クエストが来るようになるとか。そういう時はギルドから依頼書が来るので、わざわざ自分で依頼クエストを探しに来なくていいから楽になるのだという。



「さて、何かいい依頼クエストはないかしら」



 あごに自分の人差し指を当てながら、アンジェはざっと貼り紙に目を通す。



「あ、これはどう? ムギちゃんでもできそう」



 そう言ってアンジェが指したのは教会からの依頼クエストだった。



依頼クエスト内容:クーラの水の納品(最低 水核瓶ウォーター・コア・ボトル二個。個数によって報酬内容変動可能)

 報酬:四百ヴァル〜

 期限:受付から三日後まで』



 クーラの水は確かアンジェが俺に使ってくれた回復薬のことだった。患部に水をかけるだけで治癒してくれる優れものであったはず。



「ちょうどあたしも補充しなきゃと思っていたのよ。どう? ムギちゃん」

「あ、ああ。とりあえずこれで行ってみるか」



 同意するとアンジェは「オーケー」と貼り紙を剥がした。



「あとはこれを受付に持っていって、セリちゃんに手続きしてもらいましょ」



 言われるがままにアンジェに続く。

 貼り紙をセリナに持っていくと、内容を見た彼女は納得したように頷いた。



「最初にはぴったりの依頼クエストだと思います。ミドリーさんやシスターたちもきっと喜んでくれますよ」

「補充もできて、一石二鳥ってとこね」



 ブイサインするアンジェにセリナはクスッと笑う。



 そこからは完全に事務作業だった。セリナが貼り紙に俺とアンジェの名前を書き、終いに机の引き出しから取り出したハンコに赤いインクをつけて貼り紙に押す。



「はい、受付終了です。頑張ってくださいね!」



 そんな彼女の可愛い笑顔と貼り紙及び依頼書を受け取れば手続き完了だ。

 あとは期日までに依頼クエストを熟し、依頼物をギルドに持ってくるだけ。

 いよいよ初めての依頼クエストだ。



「それじゃ、さっそく行きましょう」



 ニコッと笑ったアンジェはセリナに顔を向け、ウインクしながら彼女に投げキッスをした。



「じゃーねセリちゃん。今度あたしたちの愛の園に遊びに来てね」



 セリナに手を振るアンジェは意味深な言葉を残してさっさと行ってしまう。



「アンジェさん⁉︎ それ言い残して俺置いてっちゃうの⁉︎」



 しかも陽気にスキップしているし! 俺のこと完全に無視だし!

 アンジェまでボケられるとただでさえツッコミに収拾がつかなくなるのに、あんたがそんなことを言うと色々シャレにならん!



 慌てて追いかけようと思ったが、今度はノアが頭に乗ってきた。

 前のめりになる体を踏ん張り、その場で立ち止まる。

 ハッと顔を上げると、アンジェはすでに集会所の扉を開けて外に出てしまっていた。



 色々とタイミングを見失った腹いせに、舌打ち混じりで頭上にいるノアを睨む。

 その様子を見て、セリナは「クスクス」とおかしそうに笑った。



「あ、あの……違うからね? 全てにおいて」



 表情を固めながらセリナに弁明すると、彼女は目を細めて頬を綻ばせた。



「わかってますから大丈夫ですよ。でも、アンジェさんのことはよろしく頼みますね」

「お、おう……頑張る」



「よろしく頼む」と言われても、俺のほうがアンジェに頼りっぱなしなのだが。

 ここは、「頑張る」という返しで正解だったのだろうか。



 気難しく考えていたが、そんな訝しい顔になる俺とは裏腹にセリナは「えへへ」と子供のような屈託のない笑顔を浮かべた。



「では、ご武運を!」



 敬礼するセリナの可愛さにドキッと胸が高鳴る。

 どぎまぎしながらもひとまず敬礼し返してみるものの、そのぎごちなさにすぐに耳まで赤くなるような火照りを感じた。



 それを見ていたノアが俺の頭の上で呆れたように息を吐く。



「おら、イチャついてるんじゃねえよ。彼氏が妬くぞ」

「だから彼氏じゃねえって‼︎」



 そしてイチャついてもいねえ!

 と、ツッコミを入れたところで、また自分の失態に気づいた。



 恐る恐るセリナのほうに顔を向ける。だが、彼女は不思議そうに首を傾げるだけで、ノアとの会話については何も言ってこなかった。



 これは、セーフということでいいのだろうか。

 何がアウトかもわからんが。



 ともかく、これ以上ここにいるとまたヘマをしそうなので、俺は彼女に会釈し、逃げるように集会所を後にした。

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