第11話 この世はだいたいオワタ式

 ミスしたら死ぬ。

 でも、動かなくても死ぬ。

 もう俺の握力も限界だ。今も手の震えが止まらないし、いつフォークを落とすかわからない。



 やるしか、ない。



 息を吸い、力強くフォークの柄を握る。

 そして、怒鳴るように呪文を唱えた。



「『冷たい風コルド・ウィンド』‼︎」



 自分の手が冷たくなり、その冷気を伝ってバトルフォークがぼんやりと青く光る。

 魔物はすぐに警戒したがもう遅い。体を退く前にフォークの先から白いが出てきた。



 先程の粉雪より結晶が大きくなったが、こんな雪程度ではダメージは喰らわせられない。それはわかっている。

 俺の目的は、別のことなのだから。



「うお! なんだこれ!」



 フォークの先から出てきた雪が魔物の顔面に直撃する。

 こんな間近で雪が出てくるとは思わなかったのか、魔物は奪われた視界と冷たさで体がよろめいた。

 ――今しかない。



「うおらぁ!」



 気合いの入れた掛け声で男を押し出し、ナイフを払い除ける。

 やっと魔物から解放されたところで今度は一目散に退避だ。



「行くぞノア!」



 俺はフォークとノアの胴体を持って一気に駆け出した。



「へえ、やるじゃねえか」



 嬉しそうな声をあげながら、ノアは器用に俺の腕をすり抜け、一瞬で俺の頭の上に乗る。



 走っている間に、フォークは自分の役目を終えたかのように元の長さに戻った。小さいとはいえ持っているのは邪魔だ。けれども、腰についているケースに入れ戻す暇はない。



「待てこのガキ!」



 後ろから怒った声がする。振り向くまでもない。奴の憤怒と殺気がビリビリと肌で痛みを感じるくらい伝わってくる。



「おいノア! 一応確認するけどよ、この世界では死んでも生き返れるんだよな!?」



 この世界はRPGゲームと酷似している。「死んでしまうとは情けない」と国王なり神父なりが生き返させてくれてもおかしくないはずだ。死にたくはないが、死んでしまった時のための希望がほしい。

 だが、ノアの答えは実に曖昧だった。



「できないことはないが、期待するんじゃねえぞ」

「なんだそれ、どういうことだ?」



 突っかかるように尋ねると、ノアがため息をこぼした。



「余程体が劣化していなく、死んだ者の御霊みたまがこの世に残っていれば御霊を体に戻すことができる。ただ……そこまでできるやからはこの世界ではほぼいないんだよ」



 その事実を聞いた時、体の血の気が一気に引いた。

 つまり――死んだらゲームオーバーだ。

 しかもコンティニューできないオワタ式の。



「なんとかしろよ神の使い!」

「できたら逃走こんなことしねえし、こんなに必死になんねえよ! お前が死んだら俺も消えるんだから!」

「はっ⁉︎ それ、どういう――」



 ノアの発言が聞き捨てならないのに、尋ねようとした途端に俺の肩に何かがぶつかった。

 その衝撃でバランスを崩し、草原の上に転ぶ。



 転んだ勢いで頭に乗っていたノアも吹っ飛んだ。しかし、猫のノアはすぐに着地し、眉間にしわを寄せたまま顔を上げた。



 その時、絶句したようにノアの目が大きく見開いた。

 だが、俺は自分が置かれている状況を未だに理解できていなかった。



「いってえ……」



 突き飛ばされた後ろ肩がズキズキと痛み、思わずうずくまった。

 痛みだけではない。肩が火傷したみたいに熱いし、痛すぎて呼吸も上手くできない。



 恐る恐る痛む肩に手を伸ばす。

 肩に触れると、生温かい血がドクドクと流れ出ていた。しかも、鋭利な刃が俺の肩を突き刺している。それが魔物の持っていたナイフだと気づいた時、俺の意識は遠退きそうになった。



「ったく、手間かけさせやがって」



 背後から魔物の声が聞こえる。だが、振り向こうとした瞬間に魔物が俺の肩に刺さっているナイフを容赦なく抜いた。

 なんて言っているかわからないくらい、言葉にならない俺の金切声が草原に響き渡る。そんな苦しむ俺を見て、魔物は蔑むように笑う。



「いい気味だな、クソガキ」



 魔物はニヤリと笑ったまま、俺の血がついたナイフの峰を舐める。

 逃げなければいけないのはわかっている。だが、血が流れる肩を押さえるので精一杯で、走るどころか立ち上がることもできなかった。



 俺をかばうようにノアが魔物の前に立ち塞がる。しかし、どんなに牙を向けても、威嚇しても、この姿では魔物に叶うはずがなく、足蹴にされて吹っ飛ばされた。



「ノア!」



 駆け寄りたくても肩に激痛が走って動けない。

 だが、魔物は容赦なく俺の前に立ちふさがる。



「じゃーな、さっさと死にやがれ」



 そう言って魔物が天に掲げたナイフは太陽の光に反射してギラリと光った。

 避けなければ死ぬ。

 わかっているのに、俺の体は言うことを聞かない。


 ――あ、もう死んだ。



 魔物が掲げたナイフを振り下ろした時、俺は目をつぶることもできずに、ただ脳天にナイフが突き刺されるの待つことしかできなかった。

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