第12話 赤き炎の青年剣士

 魔物の背中に炎が立ち昇ったのは、その時だ。



「あっちぃ!」



 熱さに驚いた魔物は飛び上がって後ろを振り向く。



 俺たちの背後には草原が魔物と一直線上になるように黒く焦げていた。

その先にはハットをかぶった青年が持っていた剣の切っ先を魔物に向けていた。



 青年の剣の切っ先からは火が出ており、風でゆらりと揺れている。



「……見つけた、『ルソード』」



 青年は魔物を睨みつけながら、小さく呟く。

 どうやら、この魔物の名前が『ルソード』と言うらしい。



「なんだお前は……!」



 ルソードが目を丸くするまもなく、青年は一気に駆け出してルソードに向けて剣を振るった。



 ギンッ! と金属がぶつかり合う。だが、ルソードは両手のナイフで青年の剣を押さえるのが精一杯で腕が震えていた。



 青年が剣を振ってルソードのナイフを払う。

 その勢いで青年のかぶっていたハットがハラリと落ち、彼の顔が露わになった。



 彼の表情に俺は思わず息を止めていた。

 年は多分俺より少し上。赤い髪は毛先にウェーブがかかって肩くらいに伸びており、背はすらりと高い。そのうえ線が細いのに体つきは筋肉で締まっている。男の俺から見ても彼は美青年だと思う。



 だが、彼の切れ長の目は鋭く、眉間にしわを寄せてルソードを睨んでいた。彼のルソードに対する憤りがここからでもわかる。



 その殺気はルソードも感じていたようで、怖くなったのか彼に背を向けた。

 しかし、青年がルソードを逃さなかった。



「……消えなさい」



 剣を構えた青年の目がカッと見開く。

そして青年が剣を振ると、斬撃から放射するように炎が出てきた。



 出てきた炎は逃げるルソードを立ち切り、奴の体を燃えつくす。

 悲鳴をあげる暇もなく燃やし尽くされたルソードは先程俺が倒したスライムのように紫色の靄を発して消えていった。



 消えたルソードと入れ替わるようにしてコアが落ちる。

ただし、スライムの落としたコアより一回り以上大きい。



 青年は剣に纏った炎を振るって消し、鞘に剣を戻した。

 そして落ちたコアとハットを拾い上げ、ひと息つく。



「……大丈夫? お兄さん」



 振り返る青年はハットをかぶりながらニコッと俺に微笑む。その表情があまりにも艶やかで、男なのに色気すら感じた。

 なんだこのイケメンは。しかも強いし、もう彼こそが勇者様ではないか。



 鮮やかな戦闘スタイルに惚れ惚れとしていると、青年もといお兄さんは俺の肩を見てハッと息を呑んだ。

 そして目を瞠り、大きく開けた口を両手で覆いながら彼は言う。



「やだ〜〜! ちょっとお兄さん! 怪我してるじゃないのよ〜〜!!」

「…………え?」



 彼の口調に目が点になった。

 耳を疑う勢いだった。こんな美形な人がそんな口調を使うはずがないと勝手に思っていた。それなのに――



「ほら、怪我してるところあたしに見せなさい!」



 何回聞いても、がっつりオネエ口調ではないか。

 いや、ゲームにもこんな旅芸人いたけれどさ。 多分これノアに言っても伝わらないだろうけど。



 顔を強張らせながら固まっているとお兄さん? は俺の腕を掴んでナイフに刺された血塗れの肩を見る。

 それから彼は自分のショルダーバッグから小ビンを取り出す。



 手のひらサイズのその小ビンの中には青い液体が入っていた。

 小ビンのコルクを開けると、お兄さん? はそのまま俺の肩に水をかける。すると、あれだけ痛みのあった肩の痛みが一瞬で和らいだ。



「な、何これ! すげー!」



 よく見ると流れていた血も止まっている。ただ、あの勢いで投げられたせいもあって、傷は思ったより深く、跡はしっかりと残っていた。



「あとは、気休めかもしれないけど……」



 お兄さん? はバッグからタオルを取り出し、包帯のように俺の傷口に結ぶ。

 痛みは完全に取れていないとはいえ、お兄さん? の手当のおかげで動かせるくらいまでは回復した。



「あ、ありがとうございます!」



 咄嗟にお兄さん?に頭を下げると、彼は「いいのよ」と静かに首を振った。



「困った時はお互い様でしょ? あたしはアンジェ。あなたは?」

「えっと……ムギトっす」

「ムギト? へえ、可愛い名前じゃない。よろしくね、ムギちゃん」

「ム、ムギちゃんって……」



 その呼び名が気になるが、アンジェが屈託のない笑みで握手を求めてきたから渋々俺も手を取る。

 すると、アンジェは手を握ったままヌッと俺に顔を近づけてきた。



 アンジェは切れ長の目でじっと俺を見つめる。そんな美形な顔で凝視されると緊張してしまう。



「な、なんすか……?」



 顔を引きつらせながらアンジェに尋ねると、彼はクスッと笑った。



「気にしないで。綺麗な紫色の瞳だなって思っただけだから」

「むらさき?」

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