第9話 一難去ってまた一難
アドレナリンが切れたようで、スライムに食らわされた肋がズキズキと痛んだ。
動けているから折れてはいなさそうだが、青あざはできるだろう。
たった一回の戦闘でここまで疲労困憊している俺だったが、意外にもノアは
「思ったより喧嘩慣れしてるじゃねえか。反応もいいし、攻撃に迷いがない」
「そりゃ、どうも……」
「でも、これでよくわかっただろ?」
ノアに問いかけられ、深く頷く。
この世界には魔物がいる。魔物が存在するのならば、そいつらを統一する魔王がいてもなんらおかしくない。だからこの世界の人は魔王のことを信じざるを得ないのだ。
「くっそ〜、これからこんな奴らと戦うのかよ」
先行きが不安になっていたが、ノアいわく魔物を倒すメリットもあるのだという。
「ほら、さっきので経験値もらえたぞ」
そう言いながらノアはステータスボードを出した。
ノアの言う通り、俺のステータスに経験値が「六」入っている。
「戦闘経験を積むと基礎ステータスが上がるからな。お前のカスみたいな
「カスって言うなカスって」
あと、
疑わしく眉をひそめていたが、ノアはこれっぽっちも気にしていないようだ。
こちらに見向きもせず、転がった例の石に近づく。
「これは持っておけよ」
「持っておけって……なんなんだよ、これ」
ノアに言われるがままに石を拾い上げる。
遠目からでは分からなかったが、よく見ると石の真ん中に青い水晶のようなものが入っていた。
「それが魔物の
ノアはそう言うものの、こんな石にそのまでの利便性を感じない。
そもそも、金と武器って用途が全然違うではないか。
石を持ちながらそんなことを考えていたが、ノアは「あとでわかる」というだけで、それ以上の説明はなかった。
「そのうち
そう言ってノアは尻尾をゆらゆらとしながら、俺の前へとついた。
「ほら、さっさと街に行くぞ」
「へいへい。わかったよ」
痛む肋に触れながら落ちたバトルフォークを拾い上げる。そして背中を起こし、改めて歩き出そうとした。
その時だ。
前を歩いているはずのノアがいきなり俺の顔面に飛びついてきた。
「うわっ!」
驚いてバランスを崩し、バトルフォークを握ったまま後ろに倒れ込む。
幸い原っぱの草花がクッションになったので後頭部の強打はなんとか守られた。
とはいえ、ノアの奴、いきなり飛んでくるとはいったいどういうつもりだ。
「なんだってんだよ――」
文句を言おうと思ったが、言葉が出てこなかった。
ノアが鋭い眼差しで俺を睨みつけていたからだ。
「今だけ死んどけ……それができないなら息を止めろ」
低い声で威圧するノアに俺は目を瞠ったまま息を呑んだ。
こんな鋭い眼差しで睨んでくるノアは初めて見る。ここまで鬼気迫る顔をされては、俺もこれ以上何も言えなかった。
ノアはというと俺のほうを見向きもせず、何度もちらちらと振り返っては耳を動かして物音を聞いていた。どうやら、後方を気にしているようだ。
仰向けでは周りの状況を判断しにくいので、ノアに視線を送った。
俺の訴えに気づいたノアは渋々俺から降りたので、すぐさまうつ伏せになった。
ノアがまだ耳を動かしているから、俺も一緒になって耳を澄ました。
聞こえてくるのは風の音と二人の呼吸音――そして、微かな足音。
「何か来るのか?」
小声でノアに尋ねるが、彼は無反応だった。
足音が近づく。
同時に、俺の心音も緊張で高鳴る。
察知した気配にノアのひげがピクリと動いた。
そして、顔を上げたノアはじっと前方を見つめる。
「なんで……こんな奴がここにいるんだよ」
眉間にしわを寄せながら、消えそうなくらい小さな声でノアはそう呟いた。
俺たちの近くに何者かの気配を感じる。
恐る恐る視線を上げる。そして、見てしまったその輩に思わずハッと息を呑んだ。
現れたのは、人ではなかった。
カンガルーのような細長い顔に茶色の体毛。あとは、かろうじて立った小さな耳が見える。
ただ、そいつは二足歩行だった。しかもズボンも履いており、腰元には二本のビッグナイフを差している。
人獣の魔物がこちらに近づいてくる。
よく見るとそいつの顔面には赤い花みたいな模様が刺青のように入っていた。野生の魔物にしては、あの模様が人工的に見えて変に浮いている。
「あいつ、いったい何者なんだ?」
魔物に聞こえないように囁いてノアに訊くと、ノアは視線だけこちらに向けてきた。
「あいつは、魔王の配下だ」
ノアが言うにはエムメルクには野生の魔物の他にあのような魔王の配下もうろついており、町や人を襲うのだという。
しかもあの赤い模様は魔王の配下の証である他に魔王の
「言っておくが、今のお前じゃあいつの相手は無理だ」
真剣な顔つきでノアははっきりと告げる。
だが、それは俺もよくわかっていた。あの小さなスライムですら四苦八苦していた俺が、あんな武器を持った魔物に勝てるはずがない。
このまま身を潜めてやり過ごして、隙を見て逃げる。多分、ノアも同じことを考えているはずだ。
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